Aiyaary

10月6日(土)からインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ)2018が開幕した。この映画祭には発足時から主に字幕翻訳者として関わっており、今年は「Aiyaary」の字幕を担当した。字幕を翻訳する際には何度も見返すため、ストーリーの隅々まで分かるものだ。ここではネタバレを含む完全な解説をしたいと思う。

 まず、題名となっている「Aiyaary(アイヤーリー)」の語意は、大修館書店の「ヒンディー語=日本語辞典」によれば、

  1. 詐欺、ぺてん、いかさま
  2. 器用さ
  3. 忍術

となっている。劇中において、変装の名人である主人公のあだ名として使われており、「奇術」と解釈するのがもっとも妥当だろうと考え、邦題を「アイヤーリー ~戦場の奇術師~」とした。

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Kho Ki Pa Lu (Chokri)

ンド映画というとどうしても歌って踊っての娯楽映画が有名だが、さすが世界一の映画大国なだけあり、多種多様な映画が作られる中で、ちゃんとドキュメンタリー映画も一定数作られている。中央映画検定局(CBFC)の年次報告書によると、2015-16年にインドで認証された国産ドキュメンタリー映画は、多く見積もって280本ほどだが、その内の大半は短編に分類されるものである。しかも、インドの多くのドキュメンタリー映画は、情報放送省(Ministry of Information and Broadcasting)の映画部(Film Division)によって制作されている(参照)。インドの映画館で映画を観ると、たまに本編上映前に、非常につまらない短編映画が上映されることがあるが、あれが官製ドキュメンタリー映画の典型例である。独立したドキュメンタリー映画作家もいるが、ドキュメンタリー映画が映画館で単体で上映されることは滅多になく、映画祭や上映会で鑑賞するか、あとはYouTubeで公開されているものを見つけて観るか、ぐらいしか接する手段はない。それでも話題になる作品は存在する。21世紀に入り、もっとも社会に影響を与えたドキュメンタリー映画といえば、ラーケーシュ・シャルマー監督の「Final Solution」(2003年)ではないかと思う。

 外国人によってインドで撮影されたドキュメンタリー映画、となるとまたひとつのジャンルだ。インドは被写体とストーリーに溢れた国。インドを舞台に、あるいは題材に、多くのドキュメンタリー映画が撮られている。もっとも有名なのは、英国人女性監督ザナ・ブリスキによる「Born into Brothels」(2004年)ではなかろうか。この作品はアカデミー賞ドキュメンタリー長編映画賞を受賞している。

 10月から日本で一般公開予定の「あまねき旋律」は、南インドのプドゥッチェリーに住むインド人カップル、アヌシュカー・ミーナークシーとイーシュワル・シュリークマールによるドキュメンタリー映画である。インド東北部ナガランド州の農村で6年の歳月を掛けて撮影された。同州ペク県のチャケサン・ナガ族が農作業をする様子などを映し出しているが、特に焦点を当てているのが、彼らの歌う「リ」と呼ばれる合唱である。音楽用語で言うと彼らの歌い方はポリフォニー(多声的合唱)と言うようで、南アジアでは稀とされている。「あまねき旋律」の原題は「Kho Ki Pa Lu(コ・キ・パ・ル)」。これは現地語で「上へ下へ横へ」という意味のようで、「リ」の特徴をよく表している。もちろん、彼らが稲作を行う棚田もその題名に重ね合わされているのだろう。ちなみに英語名は「Up Down and Sideways」である。

Kho Ki Pa Lu

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Viceroy’s House

ンドン在住のグリンダル・チャッダー監督と言えば、カナダのトロント在住ディーパー・メヘター監督、米国ニューヨーク在住のミーラー・ナーイル監督と並んで、海外在住インド人女性監督三傑の一人に数えられる。それぞれ異なる作風を持っているのだが、個人的にもっとも評価していないのが残念ながらチャッダー監督だ。なぜそう思うかと言えば、メヘター作品とナーイル作品からはインド愛を感じる一方で、チャッダー作品はどちらかというとインドというルーツの克服をテーマにすることが多いからだ。彼女の出世作「Bend It Like Beckham」(2002年/邦題:「ベッカムに恋して」)がその典型である。インド好きとしては、なかなか素直に評価できないのが正直なところだ。

 2017年8月18日にインドで公開された、チャッダー監督の最新作「Viceroy’s House」が、日本で「英国総督 最後の家」の邦題で、2018年8月11日より一般公開される。マスコミ向け試写会で一足先に鑑賞することができたので、ここにその感想と解説を書く。ネタバレがあるので注意。

Viceroy's House

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デリーで女性の飲酒運転が0のカラクリ

3月13日付けのタイムズ・オブ・インディア紙に下のような記事が出ていた。

  • Drunk driving: No woman fined in city in 2017, one this year
  • Only 2% of drivers involved in crashes are women

 これは、3月12日未明に女性運転手による飲酒運転の死亡事故があり、その関連記事として取り沙汰されていた事実である。

 記事によると、2017年に警察が把握した女性運転手による飲酒運転は1件もなく、2018年ではこれが女性による最初の飲酒運転事故であった。果たしてインドの女性は飲酒運転をしないのか、それとも、別の原因があるのか。そもそも、インドにおいて女性が交通事故を起こす件数や割合はどうなのだろうか。

 3月16日付けのデリー・タイムス紙(タイムズ・オブ・インディア紙の折込紙)にも、その件に関して少しだけ詳しい記事が掲載されていた。これらを併せて考察してみたい。

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Dangal

ンドのスポーツ業界ではクリケットが一強状態にあり、それがその他のスポーツの発展を阻害してきた。ただ、クリケットはオリンピックの種目になっておらず、国際的なスポーツ大会が開催されると、それ以外のスポーツにも一時的にスポットライトが当たる。しかしながら、インドは、世界第二の人口を擁するにもかかわらず、なかなか多くのメダルが取れない。それでも、五輪においてテニス、ウエイトリフティング、射撃、ボクシング、レスリング、バドミントンなどで徐々にメダルを獲得し、それらのスポーツの認知度も少しずつ上がっていった。また、2008年にクリケットのプロリーグであるインディアン・プレミア・リーグ(IPL)が設立されて以来、インドでは様々なスポーツのプロリーグが立ち上げられてきた。サッカー、カバッリー、バドミントン、異種格闘技などなどである。レスリングについてもプロ・レスリング・リーグが2015年に始まった。一昔前に比べれば、スポーツにもようやく多様性が出て来たと言えるだろう。インドでクリケットがもてはやされたのは、カースト制度と関係しているという説もある。カースト制度の考え方では、自分より低いカーストの者との接触、特に汗などに触れることを忌避する傾向にあり、接触の多いスポーツは不適である。クリケットは接触の少ないスポーツなので、インド人がすんなり受け入れやすかった。インドで伝統的に盛んな近代スポーツを見てみると、確かに人と人との接触が少ないスポーツが多い。ゴルフ、テニス、ポロ、射撃などなど。どれも貴族のスポーツである。それでも、最近はそういう考え方も薄まってきており、それがスポーツの多様化に貢献していると思われる。

 ヒンディー語映画の世界でもスポーツ映画がジャンルとして確立したのはそれほど古いことではない。長い間、「スポーツ映画はヒットしない」というジンクスが信じられて来ており、スポーツ映画は敬遠されてきた。それを打ち破ったのがアーミル・カーン主演の時代劇クリケット映画「Lagaan」(2001年)であった。この映画の大ヒット以降、徐々にスポーツ映画が作られるようになり、ヒット作も生まれるようになった。やはり題材となるスポーツはクリケットが多かったが、ホッケー、ボクシング、陸上競技など、それ以外のスポーツを題材にした映画も果敢に作られるようになった。そして2016年に立て続けに映画の題材となったスポーツがレスリングである。ひとつめはサルマーン・カーン主演「Sultan」(2016年)。そしてふたつめがアーミル・カーン主演「Dangal」である。奇しくも同年に公開されたこの2作品だが、前者が一度引退したレスラーの復活劇である一方、後者は引退したレスラーが娘を国際的レスラーに育て上げるまでを追った物語であり、アプローチの仕方が全然違っていて面白い。

Dangal

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