CBFC vs 映画界

年、「インド映画完全ガイド」(世界文化社)という本が出版され、その中の文章をいくつか書かせていただいた。僕が担当したトピックのひとつにインドの検閲制度があった(P156-7 インド映画の映画法とCBFCによる検閲)。最近、ヒンディー語映画界でインドの「検閲」について大きなゴタゴタがあり、自分がこの本で書いたこととも関連して来るため、ここでまとめておこうと思う。

 問題の発端となったのは「Udta Punjab」という映画である。「飛ぶパンジャーブ」を意味する題名のこの映画は、「Ishqiya」(2010年)などのアビシェーク・チャウベー監督の最新作で、プロデューサー陣にはアヌラーグ・カシヤプやエークター・カプールといった業界内の有力者が名を連ねている。主演はシャーヒド・カプール、カリーナー・カプール、アーリヤー・バットなど、A級の俳優たちである。映画のテーマはパンジャーブ州のドラッグ問題。現在、パンジャーブ州では若者たちの多くがドラッグ中毒になっていると報告されており、その問題を取り上げた作品とされていた。「Udta Punjab」は2016年6月16日に公開予定だった。

Udta Punjab

 

 インドでは、映像作品を公共の場で公開する前に、CBFCという機関から認証を受ける必要がある。CBFCとはCentral Board of Film Certificationの略で、「インド映画完全ガイド」では「中央映画検定局」と訳した。「Udta Punjab」のフィルムもCBFCに送られた。

 ところが、CBFCが下した判断は、罵詈雑言やドラッグ使用シーンなど、40ヶ所のカットを命じるものだった。CBFCの判断に不服の場合、映画制作者は再検討委員会(Revising Committee)に掛け合うことができる。プロデューサーのアヌラーグ・カシヤプも再検討委員会に再検討を依頼した。ノーカット版が持つ作品性・創造性を護るためであり、もちろん、カットの数が減ることを期待してのものだった。ところが、再検討委員会が下した判断は、さらなるカット――計89ヶ所――であった。既存のカットに加え、州名や都市名など、実在の地名を削除し、架空の土地での物語に変更すべしという要求も加わっていた。当然、題名も変更を余儀なくされる。これに対し怒ったアヌラーグ・カシヤプが、CBFCのペヘラージ・ニハーラーニー局長をTwitter上で「独裁者」と罵り、この問題が明るみに出たのだった。これが映画公開予定日の約10日前だった。

 なぜ地名の削除が要求されたのか。その理由は、2017年1月頃に予定されているパンジャーブ州の州議会選挙である。「Udta Punjab」は、現在のパンジャーブ州がドラッグに犯されているという、政権にとっては不都合な真実を取り上げている。インドにおいて映画の影響力は強く、もしこの映画が公開されたら、今はまだ一部の人しか知らないパンジャーブ州のドラッグ問題が全国的に知れ渡ることになる。そして、州議会選挙でも争点となる。現在、パンジャーブ州の政権与党はシローマニ・アカーリー党(SAD)である。SADは全国的な連立政党グループである全国民主同盟(NDA)の一員で、中央で政権を握るインド人民党(BJP)の友党である。また、CBFCのペヘラージ・ニハーラーニー局長は、「モーディー首相のチャムチャー(おべっか使い)」を公言するBJPの支持者である。これらのことから、今回の「Udta Punjab」の検閲問題が政治色を帯びていることが噂された。

 カラン・ジョーハル、マヘーシュ・バット、シャーム・ベーネーガルなど、錚々たる映画人たちから援護射撃をもらったアヌラーグ・カシヤプはCBFCを相手取ってボンベイ高等裁判所に訴訟を起こした。その判決が6月13日に出たが、89ヶ所あったカット要求の内、結局1カット――シャーヒド・カプールの立ち小便シーン――のみが残された。他は全て問題なしとの判断であった。原告側は嬉々としてそのカット要求を受け容れ、「Udta Punjab」は予定通り6月16日に公開できることとなった。

 この判決の中で高裁は面白いことを言っている。曰く、CBFCの仕事は「検閲」ではなく「認証」である、と。

 CBFCは1951年に設立された当初、Central Board of Film Censorsという名称で、その仕事は正に映画を「検閲」することだった。それが1983年にCentral Board of Film Certificationに改称されたことで、この機関の仕事は「検閲」から「認証」になったという訳である。「検閲」は映画の不適切な部分にハサミを入れることだが、「認証」は映画の内容に照らし合わせて、U、U/A、A、Sと4つあるカテゴリーの中からひとつを選び、映画の観客を制限する。

 「U」は、「インド映画完全ガイド」では「Universal」(普遍)の略としたが、「Unrestricted」(無制限)の略としている資料もあり、もしかしたらこちらの方が正しいかもしれない。「U」は、年齢制限などなく、全ての人の閲覧に値する映画に与えられる。「U/A」も基本的には制限がないが、12歳以下の子供が見る場合は親の同伴などが必要となる。「A」は「Adults」の略で、18歳未満の閲覧を制限する認証であり、「S」は「Special」の略で、医療用など特別な観客向け映像に対して与えられる。ちなみに、「Udta Punjab」は最終的に「A」の認証となった。

 このような訳で、高裁の今回の判断を鑑みるに、CBFCの訳は「中央映画検定局」や「中央映画検閲局」よりも、額面どおり、「中央映画認証局」とした方がより適切かもしれない。

 折しも、アルン・ジェートリー財務大臣が映画認証制度の変革を宣言しており、もしかしたら近い将来、インドの検閲・認証制度はガラリと変わるかもしれない。BJPは伝統的に映画に対して好意的なスタンスを採っており、過去には映画の「産業」化も主導して、21世紀のインド映画発展の礎を築いた。おそらく、今よりも厳しくなることはないだろう。とりあえずはボンベイ高裁のこの判決のおかげで、映画業界は俄然活気づいており、今後、より挑戦した作品が増えて来る可能性がある。

 ちなみに、パンジャーブ州のドラッグ問題については、以下のドキュメンタリー映画(英語)が詳しい。パンジャーブ州の若者の73.5%がドラッグを使用しているというショッキングな事実が浮き彫りにされている。

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2016年6月21日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : arukakat