IFFJオープニング講演原稿

る10月11日(金)、オーディトリアム渋谷において、インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ)のオープニング・イベントの一環として、ヒンディー語映画の10年史について講演をさせていただいた。インド大使館のアッバーガーニー・ラームー一等書記官に加え、マラヤーラム語映画監督カマル氏やヒンディー語映画俳優ヴィナイ・パータク氏がゲストとして出席する中、10分という短い時間の中で10年に渡る時間の話をしなければならないという制約があったため、一番大切なポイントだけに絞って話をすることになった。原稿通りに講演をするのは好きではないのだが、今回は時間の制約が厳しかったこともあって、予め原稿を用意し、それが10分以内に収まることを確認して、講演に臨んだ。よって、原稿が残っており、ブログを始めたついでにその原稿をここに転載する。


(前略)

「今回お話せていただくトピックは、21世紀に入ってヒンディー語映画がどのような変化をしたのか、ということです。」

「ただし、時間は10分しかいただけませんでしたので、かいつまんでの解説になることをご了承下さい。」

 

「まず、これからお話することは、インド映画全体の話ではなく、インド映画で最大規模を誇り、ムンバイーを拠点とするヒンディー語映画の話であることをご理解ください。」

「俗に『ボリウッド』と呼ばれますが、この言葉は『ハリウッド映画の劣化版』というイメージを伴い、インドの映画監督や映画俳優に好かれていない言葉なので、私はあまり使わないようにしています。」

「もっとも、メディアなどでは好んで使われており、それ自体に問題のある言葉ではありませんが、ヒンディー語映画と呼ぶのが一番だと思います。」

「インドでもっとも多くの人に話されている言語、ヒンディー語の台詞が主となっている映画のことです。」

「ヒンドゥー語、またはヒンズー語と呼ぶ日本人が多いのですが、これらはさらなる誤解を招きかねない間違いなので、今日この講演を聴かれた方は、是非今後ヒンディー語と呼んで下さい。」

 

「ご存じの通り、インドでは様々な言語が話されています。憲法で規定されている言語だけでも23言語あります。そのため、映画界は言語ごとに分かれています。」

「今年はインド映画生誕100周年の年です。よって、初のインド映画は1913年に作られました。」

「このときはまだ無声映画の時代なので、言語ごとに映画が制作されることはありませんでした。」

「1930年代にインドでもトーキー映画が作られるようになり、このときからインド映画は言語ごとに作られるようになりました。」

「トーキー映画の技術は、インド映画に非常に大きな変化をもたらしたと言えます。」

「そして、トーキー映画に匹敵するような変化を21世紀においてヒンディー語映画にもたらしたのがマルチプレックスです。」

 

「21世紀のヒンディー語映画の変化の要因はいくつかあるのですが、今回は時間がありませんので、マルチプレックスに焦点を絞ってお話したいと思います」

「マルチプレックスとは、複合スクリーン型映画館のことで、日本ではシネマコンプレックス、略してシネコンと呼ばれているものです。」

「1997年に首都デリーにインド初のマルチプレックスがオープンしました。」

「21世紀に入ってから、大都市を中心にマルチプレックスが次から次へと建設され、現在ではおよそ500館、合計1500スクリーンほどになっています。」

「インド全体のスクリーン数の1割ほどがマルチプレックスのものとなっています。」

「一方、従来型の映画館のことをシングルスクリーン型映画館と呼んでいます。」

「日本語にすると『単館』ですが、この言葉には違うニュアンスが含まれてしまっているので、誤解を避けるために、そのままシングルスクリーン型映画館と呼ぶことにします。」

 

「マルチプレックスの特徴は、単にひとつの映画館の中に複数のスクリーンがあるだけではありません。」

「まず、ひとつひとつの劇場の座席数が少ないことが大きな特徴です。」

「従来のシングルスクリーン型映画館は、1000人規模の劇場ばかりでしたが、マルチプレックスでは各劇場のキャパシティーは大体200~300人ぐらいに抑えられています。」

「つまり、以前は1回に1000人が集まるような大衆娯楽映画を上映しなければなりませんでしたが、マルチプレックスが普及したことで、もっとニッチな客層を狙った映画を上映しやすくなりました。」

 

「シングルスクリーン型映画館では、上映時間が決まっており、大体正午、3時、6時、9時の1日4回上映となっていました。」

「よって、映画制作者側も、映画館のスケジュールに合わせて、3時間の映画を作ることを余儀なくされていました。」

「しかし、マルチプレックスの普及によってスクリーンの数が増えたことで、この伝統的な枠組みは取り払われ、3時間より短い映画を上映することも可能となりました。」

「むしろ、短い映画の方が多くの作品を回して行けますし、チケット代は同じであるため、映画館側としては短い映画の方を歓迎するようになりました。」

 

「マルチプレックスのチケット代は、従来のシングルスクリーン型映画館よりも高めに設定されています。」

「大体3倍ぐらいだとお考え下さい。」

「よって、マルチプレックスに来る客層は、裕福で教養のある層に限られます。」

「また、マルチプレックスはチケット代が高いために、スクリーン数の割合に比べて多くの興行収入が入って来ます。」

「マルチプレックスのスクリーン数は全体の1割ほどなのに、興行収入は全体の3~4割を占めるようになりました。」

 

「マルチプレックスには最新の映像・音響設備が導入され、座席も快適で、何より館内はとても清潔に保たれています。」

「それまでのインドの映画館はお世辞にもきれいとは言えなかったのですが、マルチプレックスの普及によって、映画館を敬遠していた層が映画館に戻って来ました。」

 

「マルチプレックスのこれらの特徴のおかげで、ヒンディー語映画は大きく変わりました。」

「マルチプレックスでのヒットが全体のヒットとして扱われるようになり、マルチプレックスに特化した映画作りが行われるようになったのです。」

「これをマルチプレックス映画と呼びますが、その特徴は、2時間~2時間半の比較的短めの上映時間、都市に住む裕福な層が好むテーマや味付け選び、ハリウッド映画を模した多様なジャンルなどになります。」

「インド映画の最大の特徴である歌と踊りも必須ではなくなりました。」

「これらの変化のおかげで、我々日本人を初めとして、外国人にも素直に受け入れられやすいような映画が増えました。」

 

「しかし、マルチプレックスしかターゲットにしなくなったヒンディー語映画界は、地方のシングルスクリーン型映画館で映画を見て来たインドの大衆層からそっぽを向かれることになります。」

「彼らは、昔ながらの大衆娯楽映画を求める層で、単純なアクション映画やコメディー映画が大好きな人々です。」

「ヒンディー語映画界では21世紀に入ってしばらくまともなアクション映画が作られない時代が続きましたが、これは端的な例だと言えます。」

「マルチプレックスからの収入が大半を占めるようになったと言えども、大衆層からの支持を失ったことで、ヒンディー語映画界は次第にジリ貧状態となって行きました。」

 

「しかしながら、マルチプレックスがヒンディー語映画界にまたも大きな変化をもたらしました。」

「インド各地の大都市にマルチプレックスが乱立して飽和状態となったことで、今度は地方都市にもマルチプレックスが建設され始めました。」

「地方のマルチプレックスに来る観客層は、都市部とは異なり、昔ながらの娯楽映画を好む層になります。」

「マルチプレックスでないにしても、マルチプレックスに対抗してシングルスクリーン型映画館のアップグレードが進みました。」

「ここで重要になって来るのがデジタルシネマという最新技術です。」

「以前は、リールを物理的に運ばなければならなかったので、交通網が発達していないインドの地方では、最新映画を都市部と同時に公開することは困難でした。」

「しかし、デジタルシネマでは衛星からデータをダウンロードして上映するため、物流の問題が解消されました。」

 

「かつてのヒンディー語映画界ではヒットの指標は上映週数でした。長く上映され続ける映画ほどヒットということになっていました。」

「しかし、最近は封切り後の週末の興行収入、俗に言うオープニングでヒットが決まるようになりました。」

「そうなると、同時公開のスクリーン数が多ければ多いほどヒットしやすくなります。」

「地方にマルチプレックスが普及し、映画館の設備がアップグレードすればするほど、地方での興行収入が映画の興行的評価を決める上で重要な要素となって行きました。」

「何しろ人口は地方の方が圧倒的に多いのです。」

「もはや映画の大ヒットは、地方の大衆層の支持なしには実現できないほどになっています。」

「ヒンディー語映画界もその変化を敏感に感じ取り、地方の観客層の好みにも合った映画作りに回帰するようになりました。」

 

「マルチプレックスの普及によるこのような変化を経て、現在のヒンディー語映画界は、都市在住の富裕層・インテリ層から、地方在住の大衆層まで、多種多様な層に受けるような映画作りを心掛けています。」

「ヒンディー語映画のすごい点のひとつは、インドのような広大で複雑な社会において、全社会層、全年齢層に受けるような映画作りを目指していることです。」

「今回、IFFJで上映されるヒンディー語映画は、そのような流れの中で作られた映画ばかりとなります。」

「作品によって多少ターゲットが異なりますが、多くは大衆層からインテリ層まで幅広い客層を狙っています。」

「きっと、日本の皆さんにも気に入っていただけると思います。」


 

 ちなみに、今回大使の代理として出席したアッバーガーニー・ラームー一等書記官は、僕がインド政府奨学金(ICCR奨学金)を受給する際に面接をした人である。2007年のことだからだいぶ前になるが、一旦インドに帰任し、また日本に赴任して来たと言う。せっかくなので、これまでICCR奨学金を受給してインドに留学した日本人の同窓会みたいなものを開催してはどうか、進言しておいた。親印派、知印派の日本人のネットワークができ、大使館とも緊密に連絡を取り合えるようになると、インドにとっても利益になるだろし、インドに頻繁に出向く日本人にとっても大いに心強い。今のところそういうネットワークは希薄だ。実現したら嬉しい。

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