1年振りのインドとICCRデー

2014年3月1日から9日まで、インドを旅行して来た。僕が11年7ヶ月に渡るインド留学生活を終えて日本に完全帰国したのが2013年2月28日だったので、ちょうど1年振りにインドの土を踏んだことになる。

 1年前は、インドに住み始めて初めてインドを完全に去ることになり、長いインド生活の中で経験しなかったことにいろいろと直面することになった。特に、去り行く友人・知人に対してのインド人たちの熱い感情というのは、インドに定住している間はほとんど体験できなかったもので、本当にインド人というのは情に厚く情に脆い人々だと感じたものだった。愛する土地を去るというのは誰にとっても悲しいもので、一番悲しいのも去る本人だと思うのだが、見送る人々が度を越して悲しんでくれることで、こちらがなぜか逆に慰め役になり、そのドサクサの中で別れが過ぎてしまうという効果があることを知った。

 今回は言わば、インドに長らく住んでから本国に帰国し、再度インドを訪れるとどうなるかを初めて体験する旅であった。

Hauz Khas Village

 

 インドに住んでいる間、僕はインドから多大な愛情を受けていると感じていた。多くの素晴らしい人々に会えたし、生活に困ることもなかったし、様々なチャンスに恵まれたし、何より重い病気に罹ることもなかった。インドでやりたいと思っていたことは大体成し遂げられた。博士号も取得できたし、ラダックまでバイクで往復することもできた。インドが意思を持っていて、僕を選んでくれて、特別扱いしてくれているという選民思想まで感じられるほどだった。それはインドに対するバクティ、つまり無償の愛を僕が持っていたからだと考えている。

 だが、インドを去った今、インドからどういう扱いを受けるだろうか?それが不安だった。もしかしたらかつての愛情は受けられないのではなかろうか?11年7ヶ月の間に直面しなかったような重大かつ深刻な問題に、この1週間ほどの期間に見舞われるのではなかろうか?だが、あらゆる試練を甘んじて受け入れる覚悟でインドに足を踏み入れたのだった。

 心配は杞憂に終わった。インドは、かつての姿のままで、僕に注がれる愛情も、かつてのまま、いや、それ以上だった。1年のブランクは感じず、たった数日だけ留守にした後に戻ったかのようだった。インドを去るとき、自分はインドからどういう身分で去ることになったのか、気になったものだった。追放か、派遣か、卒業か、退役か。だが、再度インドに降り立ち、インドからの愛情に包まれたことで、自分がインドから離れたことにもインドの何らかの深遠な意志が働いているのではないかと信じられるようになった。

Hauz Khas Village

 いや、実はインドに降り立つ前からそれを感じさせる出来事があった。それは、渡印の直前、2月28日に東京のインド大使館で開催されたICCRデーであった。ICCRとはインド文化交流評議会のことで、他国との文化交流を管轄するインドの独立行政組織である。ICCRは、インドに留学する外国人に奨学金を給付しており、日本からも毎年10名ほどがICCR奨学生としてインドに派遣されている。僕もICCR奨学生として博士課程を修めた。ICCRデーとは、言ってみればICCR奨学生OG/OBの同窓会である。今までこの種の集いが企画されたことはなく、今回が第1回となる。何を隠そう、僕が昨年に大使館に提言したイベントが、早く実現したのである。翌日、成田空港から直行便でインドへ向かう予定だった僕にとって絶妙のタイミングで、1日でも前後したら参加は難しかった。

ICCR Day

 ICCRデーでは、日本を代表するインド古典舞踊家・音楽家の共演があった。オディッシーの安延佳珠子さん、カッタクの佐藤雅子さん、ヒンドゥスターニー声楽の根岸フミエさん、タブラーの石田紫織さん、バーンスリーの寺原太郎さん、バラタナーティヤムの野火杏子さんなどのパフォーマンスを鑑賞することができた。また、最後には大使館近くにあるインド料理レストラン、ムンバイのケータリングによるブッフェがあり、インドに行く前からインドを堪能することが出来た。長年インドと関わって来ているだけあって、多くの友人とも再会できた。幸せなひとときだった。是非、毎年恒例の行事として今後も継続して行っていただきたいものである。

 それにしても、僕がインドに行き始めた頃のインド大使館というのは近寄りがたい印象があったのだが、最近は何だかかなりオープンになっており、外交官もかなりフレンドリーだ。大使館はヨーガ、タブラー、ヒンディー語などのクラスも提供しており、結構生徒がいるようである。

 何はともあれ、今回1年振りにインドへ行ってみて強く感じたのは、インドとの関係はインド滞在中のみに限られないということである。1度でもインドに何らかの形で関わってしまった者は、おそらく一生、または来世まで、良くも悪くもインドから逃れられないということだ。そういう自信が得られた旅であった。

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