インド映画における女性性の表象

3月21日に神戸学院大学ポートアイランドキャンパスで「インド映画における女性性の表象」というセミナーがあった。主催は同大学の赤井敏夫教授。このセミナーがユニークだったのは、インドから女性監督ローヒニーと女優ニティヤー・メーナンを招いていたことだ。ただ、どちらも南インド映画界をフィールドとする人材で、南インド映画界に疎い僕は全く知らなかった。赤井教授にしても、専門はアイルランド文学らしく、なぜインド映画のことを研究しているのかよく分からない。それでも、近年のインド映画において女性性の表象は確かに非常に重要なトピックとなっており、インド映画の当事者がそれについて語るという企画には強く興味を引かれた。神戸観光がてら、この神戸のポートアイランドまで足を伸ばしたのだった。

ローヒニー、ニティヤ、赤井

 

 まずはインドからやって来た2人の女性たちについて、セミナーのパンフレットに書かれていたプロフィールとフィルモグラフィーをほぼそのまま引用(カタカナ表記の不備のみを修正)する形で、紹介しておく。

ローヒニー

チェンナイに育つ。1976年に子役としてテルグ語映画デビュー。長じて80~90年代にはマラヤーラム語映画、タミル語映画を中心にヒロインとして活躍。総出演作は130本をこえる。同時に美声を生かしてアイシュワリヤー・ラーイなどトップ女優の吹き替えもつとめる。エイズ啓発運動などの社会活動にも積極的に従事、その関係で短篇ドキュメンタリー映画を監督。2013年には初の商業映画『お父さんのヒゲ』でメガホンをとると同時に、自らも個性的脇役としてテルグ語映画を中心に出演を続けている。

「Ilamai Kaalangal」(1983年タミル語)、「Parannu Parannu Parannu」(1984年マラヤーラム語)、「Ivide Thudangunnu」(1984年マラヤーラム語)、「Stri」(1995年テルグ語)、「Iruvar」(1996年タミル語、声優)、「Virumaandi」(2004年タミル語)、「Ala Modalaindi」(2011年テルグ語)、「Ishq」(2012年テルグ語)、「Appavin Meesai」(2013年テルグ語、監督)

ニティヤー・メーナン

バンガロールに育つ。1998年に子役としてフランス映画でデビュー。長じて2005年にカンナダ語映画『午前7時』のヒロイン妹役で本格的に映画界入り。以降テルグ、タミル、マラヤーラム、カンナダの南インド4映画界でヒロインとして活躍。2011年テルグ語映画『こんな風に始まった』でナンディ賞最優秀女優賞、2013年テルグ語映画『恋に落ちて恋に破れ』でフィルムフェア最優秀テルグ女優賞を受賞。正当派からオフビート作品まで幅広い芸域をこなす若手女優として注目されている。

「Seven O’Clock」(2005年カンナダ語)、「Aakasha Gopuram」(2008年マラヤーラム語)、「Veppam」(2011年タミル語)、「Ala Modalaindi」(2011年テルグ語)、「Ishq」(2012年テルグ語)、「Ustad Hotel」(2012年マラヤーラム語)、「Mynaa」(2013年カンナダ語)、「Gunde Jaari Gallanthayyinde」(2013年テルグ語)

 この2人は過去に共演もしている上に、ローヒニーの監督作「Appavin Meesai」でニティヤーが主演を務めていることからも、元々仲良しのようだ。今回のセミナーは赤井教授が2人と数年間温め続けて来た企画のようで、ようやく実現したとのことだった。なお、聴衆の半分以上は日本人であったが、インド人の姿も多く見られた。ほとんどが南インドから日本に留学している学生のようで、自分たちの母語が褒められると歓声を挙げていた。

 「女性性の表象」を題しているものの、セミナーの前半は主に吹き替えの話題であった。フィルモグラフィーを一目すれば分かるように、ローヒニーもニティヤーも南インド各言語の映画に出演している。しかも、2人とも複数の南インド言語を話せるようである。タミル語、テルグ語、マラヤーラム語、カンナダ語は同じドラヴィダ語族で相互に似ており、これらの内のひとつが母語ならば、他の言語も習得しやすいとは思うのだが、それでも異なる文字を持つ異なる言語であり、何の訓練もなしに自由に使い分けられる訳でもない。ただ、特に女優に言語の壁を越えて活躍する人が多いのは、男優中心主義の内情とも関係があるようだ。インド映画界ではスター男優のステータスが圧倒的に高く、また寿命も長い一方で、女優の活躍の場は限られており、旬が過ぎるのも早い。そこで女優たちは生き残りのために他言語の映画にも積極的に出て行って仕事をしなければならない。それが女優たちの多言語状況を生んでいる。

 南インド映画は複数の言語で作られることが多い。例えばタミル語とテルグ語で同時に制作され、タミル語版はタミル・ナードゥ州、テルグ語版はアーンドラ・プラデーシュ州で上映されるというパターンである。これらは、彼女たちの話によると、単純な吹き替えではないと言う。つまり、とりあえず1シーンを撮って、それを後から各言語でダビングするという形では作られていない。タミル語版ならタミル語の台詞でもって1シーンを撮り、それが終わると今度はテルグ語の台詞を覚え直して再度テルグ語の台詞と共に同じシーンの撮影を行う。つまり俳優は演技を複数回繰り返さなければならない。

 さらに、台詞だけでなく、小道具なども各バージョンに合わせて変えていると言う。例えば自動車のナンバーは、タミル語版撮影時はタミル・ナードゥ州のもの(TN)を付け、テルグ語版撮影時はアーンドラ・プラデーシュ州のもの(AP)を付けると言った、手の込んだことをしている。なぜここまで細かい芸をしなければならないかと言うと、観客がこだわるからであるらしい。タミル・ナードゥ州の観客は台詞から背景まで全てタミルらしくなければ受け付けず、アーンドラ・プラデーシュ州の観客も同様に台詞から背景までアーンドラらしくなければそっぽを向くという状態のようだ。よって、映画制作者たちも、単に台詞を変えるだけでなく、様々な配慮をしている。南インドの映画界は相互に人材の交流が盛んで、外から見るとまとまりを持っているかのように見えるのだが、どうやら観客レベルでは全くそうではないらしい。南インドの観客は基本的に自分たちの言語の映画にしか興味がなく、他の言語の映画には目もくれない。

 後半でようやくインド映画と女性というトピックに移行したが、どちらかと言うと映画の中の女性像ではなく、映画業界の中の女性という観点からディスカッションが行われていた。まずはメイクアップ・アーティストの話があった。インドの映画界の裏方はライト、カメラ、ケータリング、セット、ヘアドレッサー、コスチュームデザイン、振り付けなど様々な仕事に分かれているが、それぞれにユニオン(組合)があり、メンバーシップカードを発行している。このカードがなければ映画の仕事には就けない。どうも女性にメンバーシップカードを発行していないユニオンもあるようで、その内のひとつがメイクアップ・アーティストのユニオンであった。意外だが、インド映画において化粧という分野は男性が牛耳っていたのである。ただ、チャールー・クラーナーやバーヌなどの女性メイクアップ・アーティストの活躍もあり、最近になって最高裁判所の命令が下って、やっと女性もユニオンに加入できるようになった。

 メイクアップ・アーティストに比べると、監督業は以前から女性に開かれていた仕事であるが、やはりガラスの天井はあるようだ。ローヒニー曰く、インドの映画業界には、女性監督は「異なった」映画を作るから大衆受けしない、という偏見があり、映画を作る際の資金集めに苦労すると言う。しかしながら、商業映画を作って成功を収めた女性監督もおり、その代表格がヒンディー語映画界のファラー・カーンである。その他にも有能な女性監督が育って来ており、ローヒニーはテルグ語映画のナンディニー・レッディーやマラヤーラム語映画のアンジャリ・メーナンなどの名前を挙げていた。

 この他、女性問題の一環なのであろうが、2012年12月にデリーで起こったニルバヤー事件についても触れていた。ただ、インド人はインドの不名誉な事柄を外部に向けてあまり積極的に発信しない傾向にあり、彼女たちもニルバヤー事件の凄惨さやインドでレイプ事件が多発していることについては認めつつも、この事件の後に様々な対策が施されたことを強調し、インドの名誉を守ろうとしていた。

 このセミナーで一番印象に残ったのはニティヤー・メーナンの自信満々振りだ。彼女は「自分は女優になるつもりではなかった」と繰り返しており、それ故に大スターとの共演などは眼中になく、自分が出演したいと思える作品や役のみを選んで来たと豪語していた。それが彼女の現在の名声につながったというのが自己分析である。しかし、彼女は10歳の頃に子役としてフランス映画に出演しているし、プネーのインド映画テレビ学校(FTII)で演技の勉強もしている。女優を志していなかった割には一般人とはあまりに異なる生い立ちだ。今では彼女は女優ながら客を呼び込めるまでの実力を持っているようだが、果たして彼女の現在の立ち位置はそういうことでいいのだろうか。

 個人的にこのセミナーに期待していたのは、近年のインド映画において女性の描き方が変化して来たことについての議論であったが、実際には、映画界で働く女性たちがどのような戦略や展望を持って仕事をしているかという議論が中心であった。それはそれで面白かったのだが、いかんせん、南インド映画の知識がほとんどないので、議論されていたことを実感をもって理解することはできなかったかもしれない。また、予想通り、自分が専門とするヒンディー語映画は今回はほとんど蚊帳の外であった。ローヒニーもニティヤーもヒンディー語映画には進出していない。ヒンディー語映画についても、このようなセミナーが日本で実現したら面白いのだが・・・。

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