テヘルカー問題とフェミニズムへの打撃

11月下旬から12月上旬にかけて、インドではいくつか重要な事件があった。もっとも重要な事件は、デリー、ラージャスターン州、マディヤ・プラデーシュ州、チャッティースガル州、ミゾラム州でほぼ同時に行われた州議会選挙であろう。ミゾラム州を除く4州で国民会議派が惨敗し、インド人民党(BJP)が圧倒的勝利を収めた。来年3-4月に下院総選挙が予定されており、今回の5州同時選挙はその前哨戦と見られていただけに、この州議会選挙での国民会議派の敗北はそのまま中央政府の政権交代を予兆している。現在グジャラート州の州首相を務めており、BJP首相候補となっているナレーンドラ・モーディーがインドの新首相になる可能性が高まった。モーディー州首相は、2002年のグジャラート暴動でイスラーム教徒に対する暴力を扇動したとされる曰くつきの人物であるが、近年のグジャラート州の高度成長を主導して来た敏腕政治家でもあり、民衆からの人気も高い。米国などはモーディー州首相を危険視してヴィザ発給を規制しているが、日本は早くからモーディー州首相との友好関係を築いて来ており、もし彼が首相になった暁には、日本または日本企業が格別優遇されることが期待される。

 また、デリーでは、2011年の汚職撲滅運動から派生した庶民党(AAP)が州議会第二党に躍進し、インドの政治において新たな動きが見られることも注目に値する。1990年代のいわゆる「マンダル」以降――つまり、その他の後進階級(OBC)が留保制度の対象となって以降――インドの政界では宗教やカーストなどのコミュニティーをベースとした票田政治が横行して来た。多くの政党は、特定のコミュニティーを票田に持ち、その利権の拡大を主張することで、党の存在意義を維持しながら選挙を戦って来た。だが、AAPは、特定のコミュニティーに依存しない、全く異なるタイプの政党である。都市在住中産階級を中心に、宗教やカーストを越えた、様々な階層・コミュニティーを支持層として持っており、特に若者からの圧倒的な支持を受けて、デリー州議会に旋風を巻き起こした。AAPのアルヴィンド・ケージュリーワール党首は、デリーを15年間牛耳って来たシーラー・ディークシトを、彼女の牙城ニューデリー選挙区で大差で打ち負かすという大金星まで上げた。しかしながら、AAPの躍進の影響でデリー州議会はどの政党も過半数の議席を持たない「ハング」状態となっており、安定性を失った。また、まだAAPの政権運営能力は未知数であり、同党の正当な評価は今後の動向を待たなければならないだろう。

 

 選挙の話が何と言っても一番重要なのだが、それ以外に目立ったのは、女性に対する暴力や嫌がらせに関する事件であった。昨年末にデリーで起きたニルバヤー集団暴行事件から1年の歳月が経とうとする中、2008年に起きたアールシー・タルワール事件の判決が出たり、元最高裁判所裁判官によるセクハラ事件が明るみに出たりと、いくつかのスパイシーな出来事が矢継ぎ早に続いた。極め付けは、2009年にデリー高等裁判所がインド刑法(IPC)377条を無効とし、同性愛を合法化した判決を最高裁判所が覆したことであった。インドでは、英国植民地時代に制定された刑法に基づいて、同性愛を含む「不自然な性交」が犯罪とされており、同性愛者やその他の知識人が抗議をしているのだが、今回、司法には法律を変える権限はないとの判断で、同性愛は引き続き犯罪とされることになった。

 このように、ここ1か月ほどは話題に事欠かなかったのだが、その中でも一番目を引いたのが、テヘルカー編集主任タルン・テージパールによるセクハラ疑惑事件であった。

 タルン・テージパールとテヘルカー誌は、インドのジャーナリズムに「スティング・オペレーション」文化を持ち込んだ張本人である。録音機や録画機などを密かに隠し持ったジャーナリストが、スキャンダルが疑われる政治家、官僚、セレブリティーなどに近づき、汚職を誘発する言動などを行って、汚職の現場を現行犯で抑えるというスタイルの取材方法である。テヘルカー誌は2000年の創刊以来、数々のスキャンダルを暴き、権力の監視機関としてのジャーナリズムを全うして来た。

 タルン・テージパールはゴア州で主催した式典の際――この式典にはハリウッド俳優ロバート・デニーロも出席した――同誌に所属する若い女性ジャーナリストに2回に渡って「レイプ」と定義される行為をした疑いが持たれている。

 事実関係は現在捜査中なので、詳細は書かないが、この一連の出来事の中でもっとも株を下げたのは、テヘルカー誌の編集長ショーマー・チャウドリーであった。

 彼女は、インドを代表するフェミニストとして知られ、女性の立場に立った論考で名を知られて来たジャーナリストであった。被害女性が被害を訴えたとき、彼女はフェミニストとしての立場と、経営者としての立場の板挟みになったと思われる。いや、多少なりとも板挟みにならなければならなかった。そしてフェミニストとしての立場に確固たる信念を持っていたならば、彼女は被害女性を最大限サポートしなければならなかった。だが、彼女はそうしなかった。事件発覚後から彼女は事件の火消しに奔走してタルンを擁護するばかりでなく、被害女性の人権を蹂躙するような言動を繰り返した。もっともまずかったのは、タルンによる「レイプ」を「社内問題」として処理しようとしたことであった。フェミニストは女性問題を必ず男尊女卑や父系制などの社会構造と結び付けて考えるものだが、いざ身近に事件が起こったとき、ショーマーはそれを社会と切り離して処理しようとしたのだった。このダブル・スタンダードに、彼女はフェミニスト仲間からも批判を受けることになった。

 テヘルカー事件もまだ終息はしていない。ゴア州警察は事件を捜査中で、裁判所で公判が行われている。タルンとショーマーの2人は既にテヘルカー誌から身を引いているし、多くの有望なジャーナリストが事件発覚後に辞表を提出している。元々財政状態が芳しくない同誌の今後には暗雲が立ち込めている。

 この一連の出来事を見ると、事件を起こしたのはタルンであるが、面白いことに、より甚大なダメージを受けたのはショーマーの方だと言える。日頃から偉そうなことを主張している人が、いざ身近で何かの事件が起こったときにその主義主張とは全く正反対の行動を取ると、より厳しい世間の目にさらされるという教訓が得られる。インドのフェミニズムにも多少なりとも影響があったのではないかと思われる。

Print Friendly, PDF & Email

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です