「インド式計算法」の真実

前、「これでインディア」において、インド式数学の謎と題して、一時期日本で流行したインド式計算法について書いたことがある。現在日本でインド式計算法はそれほど話題になっていないと思うが、「インド人は数学が得意」という固定観念は日本人の脳裏に根強くこびりついてしまったように感じる。この記事でも書いたが、いくら何でも「インドでは道端で野菜を売ってるおっちゃんまでもが数学の天才」とか、そういうことはありえない。計算力のみで「数学が得意か否か」を計るならば、日本人の平均的計算力の方が絶対にインド人よりも勝っている。それは識字率の違いを見ても明らかである。

 ところで、ザ・ヒンドゥー紙の2014年9月3日付け記事にNothing Vedic in ‘Vedic Maths’という論考があり、インド式計算法についてさらに深い洞察を得ることができた。日本で話題になった「インド式計算法」は、本国インドでは「ヴェーダ式数学(Vedic Mathmatics)」と呼ばれている。日本でもそういうタイトルの本が出ていた。ヴェーダの時代から綿々とインドで受け継がれて来た魔法のような計算法、ということで、インド式計算法の神秘性をさらに高めるキーワードになっていたと思う。この論考の主な目的は、題名からも分かる通り、「ヴェーダ式計算法はどのヴェーダにも記載されていない」という事実を知らしめることである。よって、主に名前に問題があることを指摘するものだったが、記事の中には、日本人が「インド式計算法」について抱いている誤解を解く手掛かりもいくつかあった。

 

 まず、「インド式計算法」なるものが世間に流布し出したときに専門家が指摘しておかなければならなかったことは、現在世界中のどの学校でも教えられている基本的な演算法――足し算、引き算、掛け算、割り算――はインド起源であるということであった。いわゆる「インド式計算法」は桁数の多い掛け算など、通常の演算法で解くと煩雑になる計算を、工夫次第で簡単に解くことができるとして脚光を浴びたが、実は我々が普段やっている計算は全て「インド式」なのである。確かに、数字「ゼロ」を含む十進法のアラビア数字が発明されたのはインドの地であり、これがなかった場所で考案された数字――例えばI, II, III…のローマ数字や一、二、三…の漢数字など――では、単純な計算も苦労する。そもそも「インド式計算法」という言葉自体がおかしいというのは、引用した記事の主旨とは外れた論点ではあるが、理解しておかなければならないだろう。

 次に、ではいわゆる「インド式計算法」は本当にインドに存在したのか、という点であるが、これは存在したということで問題はないようだ。「ヴェーダ式数学」という言葉の正当性については、4ヴェーダの中にこの計算法が記載されているか否かについてさらに検証する必要があるし、「ヴェーダ」という語句の定義についても議論しなければならなくなるが、少なくとも昔から、暗算を容易にするためにトリッキーな方法で計算する方法がインドには伝わっていたようである。ただ、この記事の筆者であるCKラージュー氏は、差別的な発言をしていて気になった。曰く、そのような暗算法は、大工のような「低カーストの職人」によって使われていたとのことである。カーストについて言及したのは余分だったと思うが、書きたいことは分かった。おそらく建物を建てる際などに寸法の計算をしなければならず、職業上必要となる計算については、便利な公式がコミュニティー内で受け継がれて来たのであろう。

 それと関係あるのか、確かに職人には職人の計算法が現在でもあるようで、家のリフォームのために、左官、水管工、金属工などの職人に家に来てもらったとき、僕はあらかじめメートル法で寸法を測って用意しておいたのだが、彼らは彼らなりの方法で寸法を測り、それでもって独特な計算をしていたのを覚えている。上で、道端で野菜を売っているおっちゃんは数学の天才ではない、ということを書いたが、自分の職業に関する計算は、慣れであろうか、すごいスピードで行うことができるのも事実である。インドでは野菜や果物は天秤による量り売りなのだが、分銅を入れ替えて釣り合いを取りながら重さを査定し金額を算出するスピードは、こっちが追いつけないほどだ。いや、動体視力と数学が得意な人なら追いついているのかもしれないが、僕は追いつけなかったので全部お任せし、言われるがままの値段を払っていた。建築関係の職人とのやり取りにしても、インドではフィートとインチを使うので、普段あまりこの単位を使わない日本人には厄介だ。だから、訳の分からない計算をしていたように見えたのかもしれない。しかも結構いい加減で、インチ以下の単位はかなり豪快に切り捨てられていたように観察した。メートル法でやればもっと正確にできると言いたかったのだが、今度はあっちがチンプンカンプンになってしまう恐れがあったので、これもほとんどお任せ状態であった。日本でも建築物に関しては、坪や畳などの尺貫法単位が今でも使われているが、それを捨てられないのは、職人が世界を切り取る視点がこの単位を基準にして伝統的に培われてきたためであろう。日本でももしかしたら、尺貫法に立脚した、職人ならではの暗算法があったのかもしれない。

 何はともあれ、日本で既に「インド式計算法」が下火になってしまった今、これについて分析するのは時代遅れになってしまったが、まずは我々が普段から行っている加減乗除そのものが「インド式計算法」であることを理解しなければならないだろう。もちろん、アラビア数字を生み出したインドは古来よりの数学先進国であり、代数学や幾何学などの分野における数々の定理や公式も起源を求めて行くと多くは古代インドに辿り着くことになる。だから、数学の世界で「インド式」という言葉を使い出すとキリがなくなる。また、「ヴェーダ式数学」などと言い換えると、どこか宇宙の真理を解き明かす鍵のような、非常に深遠な計算法のように感じるが、実際はもっと現場で実践的に使われて来た暗算法であったのかもしれない、という点も十分考慮すべきであろう。もちろん、それによってこの計算法の価値が下がる訳ではなく、むしろより興味深いものとなるように感じる。

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