Aligarh

ンドでは同性愛は犯罪である。英領インド時代の1860年に制定されたインド刑法(IPC)第377条において、「自然に反する性交渉」は10年以下の懲役または罰金と規定されている。この「自然に反する性交渉」とは、オーラルセックスから獣姦・死姦まで幅広く解釈されるが、もっとも問題になるのは同性愛だ。この条文によって実際に罰せられた人は今までいないとのことだが、それはインドに同性愛者がいないことを意味しない。インドにも、伝統的に男性と女性の狭間の性に生きて来た人々がいる一方で、現代的なLGBT(レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)も存在する。そして、この時代錯誤の条文が彼らに対する差別・偏見・抑圧を助長して来たことは否めない。

 当然、昔からIPC第377条の撤廃を求める運動があったが、インドでは同性愛を病気扱いする傾向が強く、なかなか実現しなかった。ところが2009年7月2日、遂にデリー高等裁判所がこの条文を無効化する判決を下した。この歴史的な判決により、成人間の同意に基づく同性愛行為は合法となった。根拠となったのはインド憲法第14条の「法の下の平等」であった。同性愛者も、異性愛者と同様の権利を持つという判断だった。しかしながら、2013年12月11日に、今度は最高裁判所が一転してIPC第377条の維持を決めた。こうして再びインドでは同性愛は犯罪となった。

 その一方で、ヒンディー語映画は同性愛をタブーとはしていない。ライトなノリの物が多いものの、何らかの形で同性愛者が登場する映画は決して珍しくない。例えば、日本でも公開された「Student of the Year」(2012年)や「English Vinglish」(2012年)では同性愛者の脇役キャラたちがコメディータッチで描かれている。同性愛者を主人公にしたり、同性愛をテーマにしたりした映画も、「Fire」(1996年)、「Mango Souffle」(2002年)、「Girlfriend」(2004年)、「My Brother… Nikhil」(2005年)、「I Am」(2010年)、「Dunno Y…」(2010年)、「Bombay Talkies」(2013年)、「Dedh Ishqiya」(2014年)など、結構ある。

 2016年2月26日公開の「Aligarh」も、上記の映画に続く、ヒンディー語映画を代表する同性愛映画になりそうだ。この映画は、アリーガル・ムスリム大学(AMU)のマラーティー学科教授シュリーニヴァース・ラームチャンドラ・スィラースの半生にもとづいて作られている。AMUはウッタル・プラデーシュ州アリーガルにある名門国立大学だ。その前身は1875年に偉大な思想家サイヤド・アハマド・カーンによって設立された。設立の主な目的は、南アジアのイスラーム教徒に近代的教育を施すことだった。AMUは多くのイスラーム教徒知識人を輩出し、インド独立運動にも多大な貢献をした。その大学でマラーティー語を教えていたスィラース教授はゲイだったが、公言はしていなかった。事件が起こったのは2010年、デリー高等裁判所によって同性愛が合法となっている時代のことだ。どこかからスィラース教授の性的趣向を嗅ぎつけた地元TV局がスティング・オペレーションを行い、スィラース教授がリクシャー運転手の若い男性と一緒に寝ているところを撮影した。スィラース教授はそれが元で罷免される。スィラース教授はその処分を不当として裁判所に訴え、勝訴するも、その直後に毒殺される。「Aligarh」は、この実話にもとづく映画である。

Aligarh

 

 監督はハンサル・メヘター。「Shahid」(2013年)や「Citylights」(2014年)などで名を知られる監督である。音楽はカラン・クルカルニー。キャストは、マノージ・バージペーイー、ラージクマール・ラーオ、アーシーシュ・ヴィディヤールティーなど。

あらすじ

 2010年2月8日、アリーガル大学でマラーティー語を教える64歳のスィラース教授(マノージ・バージペーイー)の家に二人の男が押し入り、教授がリクシャー運転手の若い男性と一緒に寝ていたところをカメラに収める。また、その場にアリーガル大学の4人の教授も駆けつける。翌日、スィラース教授は「著しく不適切な行為」を理由に教授職を罷免される。大学から宛がわれていた住居も7日以内に出て行くことを要求される。

 このニュースを目にしたのが、インディアン・ポスト紙のジャーナリスト、ディープー・セバスチャン(ラージクマール・ラーオ)だった。ディープーはデリーからアリーガルに出向き、スィラース教授に会う。最初は追い返されたディープーだったが、その後スィラース教授と親交するようになる。

 ディープーは、この事件は単なる同性愛を巡る事件ではないと考える。ヒンドゥー教徒で、しかもよそ者であるスィラース教授は、学科長まで上り詰めたことで、周囲の教授たちからやっかまれていた。スィラース教授の自宅に押し入った二人の男を罰せずにスィラース教授を処分するのも変な話だった。ディープーは事件の裏に陰謀を感じ取る。

 LGBT活動家たちがスィラース教授を救済するために立ち上がる。彼らに担がれる形でスィラース教授は大学の処分は不当として訴えを起こす。弁護士として付いたのが、インド刑法第377条の撤廃に一役買ったアーナンド・グローヴァー(アーシーシュ・ヴィディヤールティー)だった。結局、スィラース教授は勝訴し、復職が決まる。

 ところがその直後にスィラース教授は遺体で発見される。血中からは毒物が見つかり、毒殺された可能性が高まるものの、犯人は分からなかった。

解説

 インドにおいて一時的に同性愛が合法とされた時代に、皮肉にも同性愛を理由に職を追われた大学教授の物語。実話を正確になぞり、事実のみを提示することを重視した実直な作りで、娯楽としての付加価値を付けることに注力されていなかった。よって、娯楽映画としての面白味には欠けた。

 まず、観客は、マノージ・バージペーイー演じるスィラース教授の「男友達」が、ラージクマール・ラーオ演じるディープーであることを期待して観る訳だが、そうはなっていない。ジャーナリストのディープーが取材や調査を通して何かを解き明かして行くという訳でもない。主人公のスィラース教授が主体的に同性愛者の権利を守ろうと運動をすることもしないし、彼本人が同性愛者ということで暴力的な危害を加えられることもなかった。物語の最後、スィラース教授の死の原因を誰かが突き止めようとする訳でもなかった。非常に実直に作っているためだろうが、主要な登場人物が主体的に動かない内にストーリーが勝手に動いているような感じで、不思議な映画になっていた。

 物語の核心である、スィラース教授がゲイであるかどうかは、最初の方では多少ぼかして描かれていた。スィラース教授自身の口から自発的に「自分はゲイだ」という言葉は聞かれなかった。ただ、大学への謝罪や裁判での訴えの中で、カミングアウトが必要となってそういう発言をしたことになっていた。もしそれを通すならばそれでよかったと思うのだが、終盤でスィラース教授とイルファーンというリクシャーワーラーが同性愛関係にあったことが映像で示され、スィラース教授は実際にゲイであることが暗示されていた。

 この映画で楽しむべき点は、何か事件があったとき、当事者は「静」の状態であっても、周囲が勝手に動き出して、問題を大きくして行く現象である。スィラース教授は大学から罷免され、住居を追われる立場になっても、自分から当局に反撃するような性格を持ち合わせていなかった。だが、ジャーナリストのディープーは家宅侵入の問題を取り上げ、LGBT活動家の人々は同性愛者に対する差別として裁判沙汰にすることを求めた。裁判所で居眠りするスィラース教授の様子が、それをよく表していた。

 また、同性愛問題よりも重要な切り口だと感じたのは、大学内での権力争いである。映画中ではアリーガル大学という架空の大学になっていたが、これは誰の目にもアリーガル・ムスリム大学がモデルになっていることは明らかだ。そしてアリーガル・ムスリム大学に限らず、インドの大学ではどこでもポストを巡る激しい権力闘争が繰り広げられている。闘争の境界線となるのは、出身地であったり、出身校であったり、宗教であったりする。スィラース教授の場合は、宗教、出身地、言語などの問題が絡んで来ていた。アリーガル大学の他の教授はイスラーム教徒であるのに対し、スィラース教授はヒンドゥー教徒ブラーフマンである。アリーガル大学の他の教授は北インド出身であろうが、スィラース教授はマハーラーシュトラ州出身であった。アリーガルに住む人々はウルドゥー語を母語とするが、スィラース教授の母語はマラーティー語であった。このように、スィラース教授は複数のレベルでよそ者であった。他の教授たちは彼の出世が面白くないのである。その闘争の中で、たまたま老齢になっても独身を通すスィラース教授の性癖がやり玉に挙がったのが、この「Aligarh」の物語である。つまり、同性愛問題は二の次で、本当の問題は大学内の権力闘争である。インドの大学のこのような問題を取り上げた映画は今まであまりなかったのではないかと思う。

 マノージ・バージペーイーの抑え気味の演技はとても素晴らしかった。ちょっと弱気でずるい男を演じさせたら巧いラージクマール・ラーオもマノージに負けない演技をしていた。

 「Aligarh」は、ウッタル・プラデーシュ州アリーガルにある国立大学アリーガル・ムスリム大学で実際に起こった事件をもとに作られた映画である。インドで一時的に同性愛が合法とされた時代に、同性愛者の大学教授が差別的な処分を受けた。ストーリーの中心軸はその事件だ。よって、同性愛がテーマの映画と言えるのだが、実際にはむしろ、大学内の権力闘争を突いた作品で、同性愛は付属品に過ぎない。非常に淡々と事件を追っているため、娯楽要素は少ないが、インドが抱える上記の問題を垣間見るためには良作である。名優マノージ・バージペーイーの演技も見物である。

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