Bewakoofiyaan

ンドにおいて、女性の社会進出が進み、高給取りの女性が増加したことで、結婚において新たな問題が発生しつつある。それは、男性が自分よりも所得の高い女性と結婚することの是非、もしくは女性が自分よりも所得の低い男性と結婚することの是非である。日本の感覚から言えば、最終的には本人たちの好みであるため、それほど大きな問題とはならないように思える。だが、インドでは結婚は、本人同士の関係に留まらず、むしろ家族と家族の結合であり、子供の結婚は親の義務とされているため、親が積極的に結婚に関与する。よって、アレンジド・マリッジが根強く残っている訳だが、恋愛結婚が許容されるとしても、所得差の問題はその結婚を「不適切」と判断するための有力な材料となりがちだ。夫の方が収入が低くて家庭をまとめて行けるのか、という訳である。また、男性側の自尊心の問題も絡んで来るし、むしろそちらの方が大きな問題となり得る。「Shaadi Ke Side/Effects」(2014年)では、所得差があるまま結婚した夫婦が主人公になっていたが、2014年3月14日公開の「Bewakoofiyaan」では、所得差のあるカップルが結婚するまでの紆余曲折を映画にしている。

 「Bewakoofiyaan」の監督はヌプル・アスターナー。女性の監督で、「Mujhse Fraaandship Karoge」(2011年)で映画監督デビューしているが、その前は長らくテレビ業界で働いて来た。作曲はラグ・ディークシト、作詞はアンヴィター・ダット。主演は「Vicky Donor」(2012年)のアーユーシュマン・クラーナーとソーナム・カプール。他にリシ・カプールなどが出演している。題名の「Bewakoofiyaan」とは「馬鹿げたこと」みたいな意味である。

Bewakoofiyaan

あらすじ

 デリー近郊グルガーオンに本社を置く航空会社エアー・コネクトに勤務するモーヒト・チャッダー(アーユーシュマン・クラーナー)は昇進の知らせを心待ちにしていた。期待通りモーヒトは昇進し、シニア・エクゼクティヴになり、月給も6万5千ルピーに上がった。モーヒトは遂にかねてからの計画を実行に移した。それは、恋人マーイラー・セヘガル(ソーナム・カプール)へのプロポーズである。マーイラーは銀行イエス・バンクに勤めており、月給は7万2千ルピーとモーヒトよりも上だったが、2人は深く愛し合っていた。マーイラーもモーヒトのプロポーズを大喜びで受け容れる。

 ところが、問題なのはマーイラーの父親VKセヘガル(リシ・カプール)であった。IAS(インド行政官僚)のVKセヘガルは妻の死後、男手ひとつでマーイラーを育てて来た。潔癖な人格で、その性格が職場での折り合いの悪さを生み、転任ばかりで出世とは縁がなかった。定年の1ヶ月前にまたも転任となり、畜産局長という閑職に追いやられた。よって、VKセヘガルの虫の居所は悪かった。

 そんなタイミングの中、マーイラーは父親にモーヒトを紹介する。当然VKセヘガルはモーヒトを歯牙にもかけない。しかも、モーヒトの月給がマーイラーよりも下だと分かると、ますます彼を娘の夫として認めたくなくなった。そこでVKセヘガルはモーヒトの身辺調査に乗り出す。ひとつでも何かの汚点があれば、マーイラーとの結婚は却下ということになった。

 その頃、航空業界を不況が襲っており、モーヒトは給料が上がったばかりにリストラ対象とされてしまう。だが、もしVKセヘガルに失職したことが知れたら結婚の望みはなくなると恐れ、モーヒトとマーイラーはそれを隠し通すことにする。時間稼ぎをしている間、モーヒトは職探しに奔走するが、なかなか次の職は見つからなかった。その内モーヒトの貯金は底を突き、マーイラーから借金しなければならなくなる。

 一方、モーヒトの口から出任せに感化されたVKセヘガルは再就職先を探し出す。しかしVKセヘガルはコンピューターも使えないほどの機械音痴だった。そこでモーヒトがVKセヘガルにコンピューターを教え、就職活動も支援する。マーイラーからは止められていたが、2人は秘密で就職活動を行っていた。

 モーヒトはとうとう家賃の滞納もするようになった。フラストレーションを抱えたモーヒトはお金の件を巡ってマーイラーと喧嘩をしてしまう。モーヒトは自動車を売り払い、そのお金でマーイラーからの借金を返す。そして2人は絶交する。それとちょうど時を同じくして、VKセヘガルはモーヒトとマーイラーの結婚を認める気になり、2人のために婚約指輪まで購入していた。VKセヘガルはモーヒトを家に呼び、2人の結婚を認めることを宣言するが、2人は既に絶交したことを明かす。また、VKセヘガルはモーヒトが失職したことをこのとき初めて知る。VKセヘガルは嘘を付いていたことに怒り、モーヒトを家から追い出す。

 モーヒトは安い部屋に引っ越し、職探しを続行する。今までは航空業界にこだわっていたが、マーイラーと絶交した後は、どんな業界で働くことも厭わなかった。最終的に彼はコーヒー店のカウンター・マネージャーに就職する。一方、マーイラーはかねてからオファーのあったドバイ支店での仕事に挑戦することを決め、ドバイに渡る。そこで1週間ほど滞在し、支店長の地位を確保する。マーイラーは父親を連れてドバイに移住することを決め、荷物の整理などのためにデリーに戻って来る。

 VKセヘガルは、次第にモーヒトの人の好さを思い出すようになる。マーイラーと絶交した後も彼はVKセヘガルの就職活動を助けに来ていた。モーヒトこそが娘の夫にふさわしいと思い直し、今度は一転して2人の仲を取り持つことに全力を傾け始める。VKセヘガルの作戦が功を奏し、モーヒトはドバイへ発とうとするマーイラーを引き止めに来る。マーイラーも一方でモーヒトとの仲直りを望んでいた。こうして2人は仲直りし、予定通り結婚することになった。また、VKセヘガルの再就職も成功し、とある企業のCEOに就任する。

解説

 かつてのインド映画において、恋愛で格差が障害になるケースと言うと、宗教、カースト、貧富の差が大半を占めていた。それに対し、この「Bewakoofiyaan」では所得の格差が障害として浮上していた。経済格差の一種であり、見た目は貧富の差と似てはいるが、月給によって人間がランク付けされるという現代的な現象の一部であり、全く異なったものだ。しかも、男性の所得が女性の所得よりも低いときにのみ問題となる事柄であり、男尊女卑社会の裏返しである。

 「Shaadi Ke Side/Effects」でもそうだったが、たとえ所得の格差があったとしても、結婚の当事者である若いカップルはあまり気にしないものだ。しかし、その親の世代が非常に気にするし、周囲の人々もそういう視線を投げ掛ける。恋愛や夫婦生活がうまく行っているときは、当事者はそういう雑音に耳を貸さないものだが、うまく行かなくなると途端にこの問題が表面化し、関係の悪化や終焉の決定打となることがある。「Bewakoofiyaan」の中心的テーマは、現代の恋愛・結婚において若い男女が直面する可能性のあるこの所得格差問題だと言っていいだろう。もし主人公モーヒトが再就職に成功し、マーイラーほどでないにしても、まずまずの月給が得られるようになれば、自然と解決する問題だったかもしれない。だが、映画ではそういう解決を提示せず、代わりに愛によってその格差を受容する方向で話がまとめられており、恋愛映画の王道に落ち着いていた。

 インドの航空業界は、1992年から段階的な規制緩和を経て、飛行機移動を好む中間層の拡大や原油価格の高騰などの影響をモロに受けながらアップダウンを繰り返して来た。景気のいいときは、パイロットや客室乗務員などの需要が高く、その筋の専門学校を卒業すれば就職率100%ということもあった。だが、景気が悪くなると航空業界は真っ先に煽りを喰らい、大量の失職者を出す傾向にある。インドの民間航空業界史はたかだか20年ほどのものだが、既にサハーラー航空やデカン航空の吸収合併など、業界の再編も幾度となく起こったし、民間最大手ジェット・エアーの経営危機もあった。だが、最も大きな事件は業界の花形だったキングフィッシャー航空の突然の経営破綻であろう。モーヒトが経験したリストラは、主にキングフィッシャー航空の経営破綻を下敷きにしていると思われる。

 マーイラーも民間の銀行に勤めているが、彼女の父親VKセヘガルはIAS、つまり高級官僚である。これも世代の差を表している。VKセヘガルの時代、人気の就職先と言えば圧倒的に国家公務員であり、その頂点に立つのがIASだった。IASになるには、「UPSC」と通称される国家公務員試験を突破しなければならないが、インドで最難関の試験であり、誰でもなれる訳ではない。VKセヘガルは同世代の中で最高の頭脳を持った人材だったと言える。公務員の年収は高くないのだが、権力を振りかざせば賄賂やその他の便宜を貪ることができるため、蓄財には困らない。ただ、VKセヘガルのようにバカ正直な人物だと給料以外の収入はなく、経済的には中流の域を出ることができない。VKセヘガルは、ステータスには困らなかったが、金には苦労したことが暗示されており、それ故に娘には民間企業への就職を勧めたのだった。

 現代でもIASを始めとした国家公務員は羨望の的で、インド最高の頭脳が集うが、一昔前に比べると公務員一辺倒の傾向は減った。外資系企業や大手民間企業での上級職への就職という道が生まれ、初任給で数百万ルピーを手にする若者も出て来た。VKセヘガルが一生掛けて稼いだ金をマーイラーは数年で稼ぐのである。ただ、やはり民間企業は安定性がなく、モーヒトのように失職の危険と常に隣り合わせだ。大手企業の経営破綻と大量のリストラが報じられる度に、公務員の絶対的安定性がクローズアップされる。ただ、やはり桁違いの年収は何にも代えがたい誘惑で、景気が回復傾向に転じると、民間企業はまた人気となる。インドは、経済自由化以降、そんな行ったり来たりを繰り返して来た。「Bewakoofiyaan」は、そんな現代インドの若者を取り巻く状況を巧みに背景に織り込んだと言える。

 主な舞台はデリーとグルガーオンで、ロケも実際にこれらの都市で行われていた。デリーの有名なランドマークとしては世界遺産のフマーユーン廟が登場していた。セヘガル家の住む家はデリーの典型的な高級住宅地の建築であるし、モーヒトが失職してから住むことになったフラット(アパート)は、これまたデリーの典型的な下町のものである。デリーらしさが比較的よく再現されていたと言える。また、21世紀に入って急に増えて来たデリー映画の一本に数えられる。監督が女性である点も特筆すべきであろう。

 「Bewakoofiyaan」は、現代の若いインド人カップルが直面する可能性のある問題をうまく軽快な恋愛映画にまとめた佳作だ。あまりヒットしなかったようだが、悪い作品ではない。デリーに住んでいた者としては、とても身近に感じたストーリーだった。派手さはないが、お勧めしたい映画である。

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