Bombay Talkies

2013年はインド映画100周年の年だった。インドで映画が作られ始めた時期についてはいくつかの見方があるものの、インド人監督とインド人スタッフによってインドの地で作られたストーリー映画を「インド映画」と定義することによって(つまり英国人によってインドで作られた映画や単に風景や演劇などを映したものなどは除く)、1913年4月21日にプレミア公開され、同年5月3日に一般公開された、ダーダーサーハブ・ファールケー監督の映画「Raja Harishchandra」がインド映画第1作となり、同時にこの年がインド映画生誕の年と規定されることが多い。

 2012年頃からインド映画100周年を祝う行事が行われて来ており、僕がインドを去った2013年2月以降もいくつか大きな行事があったようである。当然のことながら、映画界の中でも100周年を祝う動きはあり、そんな流れの中で作られたのが「Bombay Talkies」であった。「Raja Harishchandra」の一般公開からちょうど100年後の2013年5月3日に公開された。

Bombay Talkies

 

 「Bombay Talkies」は4人の映画監督によるオムニバス形式の映画である。過去に複数の映画監督によるオムニバス形式の映画は、「Darna Zaroori Hai」(2006年)や「Dus Kahaniyaan」(2007年)など、いくつかあったが、この「Bombay Talkies」がユニークなのは、現代のヒンディー語映画界を代表する有能な映画監督が集まっていることである。特に「Dev. D」(2009年)や「Gangs of Wasseypur」(2012年)のアヌラーグ・カシヤプ監督は、現在のヒンディー語映画の新しい潮流の中心にいる人物で、彼の作品があるだけでもこの映画は観る価値がある。ディバーカル・バナルジー監督も、「Love, Sex aur Dhokha」(2010年)や「Shanghai」(2012年)など、重要な作品を作って来ている。ゾーヤー・アクタル監督は、まだキャリアが浅いものの、「Zindagi Na Milegi Dobara」(2011年)をヒットさせており、注目の女性監督だ。3人とも今が旬の映画監督で、彼らが互いに才能を競い合うことに興奮を抱かざるを得ない。

 ただ、4人の映画監督の中には意外な顔ぶれがある。カラン・ジョーハル監督である。大ヒット作「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)でデビューした映画監督で、その後もシャールク・カーン主演の映画を撮り続けて来た、完全に娯楽映画側の人物である。また、近年は監督よりもプロデューサーとしての仕事の方が多く、彼の監督としての最新作「Student of the Year」も成功とは言い難かった。メインストリーム映画を代表する映画監督ではあるが、斬新な映画作りを志向する監督たちが集った「Bombay Talkies」の中では異色である。ジョーハル監督が、アヌラーグ・カシヤプ監督らと一緒に仕事をするということ自体が驚きだ。しかも、ジョーハル監督は「Bombay Talkies」において今までの彼の作家性を覆すような暗い作品を撮っている。カシヤプ監督は、冗談ではあるが、「Bombay Talkies」をジョーハル監督の「デビュー作」と表現している。

 「デビュー作」だからであろうか、「Bombay Talkies」はカラン・ジョーハル監督の作品から始まる。出演はランディープ・フッダー、ラーニー・ムカルジー、サキーブ・サリームなど。同性愛者をカミングアウトして親から勘当されたアヴィナーシュ(サキーブ・サリーム)はムンバイーに流れ着く。インターン先の上司ガーヤトリー(ラーニー・ムカルジー)と仲良くなり、その夫デーヴ(ランディープ・フッダー)とも出会う。デーヴとガーヤトリーはずっとセックスレスが続いていたが、ガーヤトリーは自分の何か問題があると考えていた。アヴィナーシュは古い映画音楽の話でデーヴと意気投合しただけでなく、彼に性的に惹かれてしまい、彼にアプローチするが、デーヴに殴り倒される。しかし、デーヴも実は同性愛者で、後からアヴィナーシュにキスをする。ガーヤトリーは夫が同性愛者であることを知って、彼を捨てる。こんな物語である。

 ジョーハル監督自身、同性愛者疑惑があるので、それを逆手に取ったテーマ設定だったのだろう。ランディープとサキーブのキスシーンも用意されており、話題性はあるが、ストーリーに観客を引き込む魅力はなかった。あまりに定型通りの役や展開であるし、登場人物の誰にも共感することが出来なかった。まるで映像を学ぶ学生の卒業作品のようである。一体ジョーハル監督はいつからこんなに才能を枯渇させてしまったのだろうか?…などとボロクソに批判したくなるのだが、この映画もDVDで鑑賞したので、あからさまな評価は避けておく。また、「Bombay Talkies」の各話では、何かしら映画と関係のある要素がストーリーに盛り込まれているが、ジョーハル監督の第1話では、古い映画音楽への愛が人と人とを結び付ける様子が描写されていた。特に「Dil Apna Aur Preet Parai」(1960年)の中の名曲「Ajeeb Dastan Hai Yeh」が効果的に使われていた。

 第2作の監督はディバーカル・バナルジー。出演は主にナワーズッディーン・スィッディーキー。ベンガリー語映画を代表する映画監督サティヤジト・ラーイ(サタジット・レイ)の短編「Patol-Babu, Film Star」を原作にしている。かつて舞台俳優をしていたが今ではしがない失業者のプラーンダル(ナワーズッディーン・スィッディーキー)が、たまたま映画の撮影現場に居合わせ、主演ランビール・カプールにぶつかる通行人の役として抜擢される。張り切って望んだものの、彼の台詞は「アェ(おい)」だけで意気消沈するが、死んだ師匠の亡霊に叱咤激励され、その小さな役を全身全霊で演じ切る。こんな物語である。

 インド映画においてスクリーンに登場する人々は厳格なヒエラルキーの中に位置づけられており、その頂点は当然のことながらヒーロー(主演男優)である。その下にヒロイン、助演やちょい役のアクターと来て、それより下の役はアーティストと呼ばれる。そして一番下には、単なる背景となるべきエキストラ群がおり、彼らはバックグランドと呼ばれている。この作品では、ひょんなことからアーティストになった主人公が、小さな役を100%の力で演じ切る姿を描いている。彼にとって演技は情熱であり、役の大小や報酬の多寡に関わらず、役を演じ切ることに最高の達成感を覚えるのである。さらに、関係がうまく行っていなかった娘とも、このアーティスト出演を機に、関係改善の兆しが見える。はっきり言って4話の中で最も良かった。その大部分は、ナワーズッディーン・スィッディーキーの絶妙な演技力のおかげであろう。

 次にゾーヤー・アクタル監督の作品が来る。出演はナマン・ジャイン、ランヴィール・ショーリー、カトリーナ・カイフなどである。ナマン・ジャインは「Chillar Party」(2011年)に出演していた子役の1人である。ヴィッキー(ナマン・ジャイン)はサッカーよりもダンスに興味のある男の子で、女装にも興味があった。だが、父親(ランヴィール・ショーリー)はヴィッキーの女々しさを何とか矯正したいと考えていた。ヴィッキーはある晩、テレビの中から現れたカトリーナ・カイフから、「夢はいつでも誰にでも打ち明けるものではない」と教えられ、自分の夢を隠すことを決める。ところでヴィッキーの姉カヴィターは友人たちとバーダーミへの旅行へ行きたいと考えていたが、父親は参加費が高いために渋っていた。そこでヴィッキーとカヴィターは貯金を合わせて参加費を捻出しようとするが、250ルピー足らなかった。そこでヴィッキーはダンスショーを行うことを決め、近隣の住民から入場料10ルピーを取って、「Sheila Ki Jawani」を女装して踊る。こんな物語である。

 「Sheila Ki Jawani」は「Tees Maar Khan」(2010年)の中のアイテムナンバーで、アイテムガールはカトリーナ・カイフである。当時「Dabangg」(2010年)のアイテムナンバー「Munni Badnam」と共に旋風を巻き起こしたことは記憶に新しい。劇中では実際に「Tees Maar Khan」の映像や音楽が使われ、最後にはヴィッキーがカトリーナの真似をして踊るシーンもある。そして何より驚きなのは、カトリーナ・カイフ自身が出演していることである。まるで妖精のような姿になってヴィッキーの幻想の中に現れる。映画のダンスシーンに憧れ、映画スターの語ることに多大な影響を受ける主人公という意味で、「Bombay Talkies」全体のテーマとの関連性もバッチリだ。だが、誰が見ても明らかなように、この話の中心的なテーマは性同一性障害である。ヴィッキーは男の子だが、女の子の興味のあることに興味を持つ。まだ小さいので、女の子になりたいという願いまでは持っていないが、女装に喜びを感じることには気付き始めている。多くが語られずに物語に終止符が打たれているが、ヴィッキーは最後、小さな場ではあるが、みんなの前で女装してダンスを披露し、自己実現を果たしている。それで終わりではないはずで、将来的に彼がダンサーになる夢を実現させ、もしかしたら性転換までしてしまうかもしれない、というところまで予想される。それは極端であるが、この話で重要なのはカトリーナの語ることで、夢は必ずしも人にペラペラしゃべるものではなく、正しいときに正しい人に打ち明けるべきだということだ。

 最後の話はアヌラーグ・カシヤプ監督が撮っている。出演はヴィニート・クマール・スィン、スディール・パーンデーイ、アミターブ・バッチャンなど。イラーハーバード在住のヴィジャイ(ヴィニート・クマール・スィン)は、危篤状態の父親(スディール・パーンデーイ)から、アミターブ・バッチャンがかじったムラッバー(果物のお菓子)を持って来るように頼まれる。父親の父親はディリープ・クマールの大ファンで、やはり危篤状態のときに父親に、ディリープ・クマールが舐めた蜂蜜を持ち帰るように頼まれてそれを実行したら、5年も長生きしたということがあったからだ。ヴィジャイは、1つだけムラッバーの入った瓶を抱えて、ムンバイーへ向かう。バッチャンの家に着いたはいいが、門番に止められ、バッチャンに会うことすらままならない。無為に時が過ぎて行き、お金も底を突き、帰りの日が近付いて来た。そこでカーンプル出身の門番の家まで押しかけて頼み込み、ようやくバッチャンに会うことが出来る。バッチャンはヴィジャイの目の前でムラッバーをかじった。意気揚々としてイラーハーバード行きの列車に乗ったヴィジャイだったが、乗客の1人に瓶を落とされ、ムラッバーは踏み潰されてしまった。仕方がないのでヴィジャイはイラーハーバードで瓶とムラッバーを買い、自分でかじって、それを父親に渡した。しかし父親はすぐにそれが別物であることに気付き、ヴィジャイを問い質す。ヴィジャイは真実を打ち明けざるを得なくなる。なぜそれが分かったかと言うと、父親も実はディリープ・クマールに蜂蜜を舐めてもらうことに失敗したからだった。

 インド映画のスターはファンたちからまるで神様のように慕われているが、中には突拍子もない願望や頼み事を持ってスターたちを訪ねて来る人々もいる。そんなスター周辺の「日常茶飯事」の一例を淡々と追った作品。アミターブ・バッチャンの偽物に加えて本人も登場する。映画の力の映像化という観点では、アヌラーグ・カシヤプ監督のこの作品が最も核心に迫っていたのではないかと思う。インド人にとって映画とは何なのか、インド人の人生の中で映画がどんな意味を持っているのか、それがダイレクトに伝わって来た。そして何より素晴らしいと感じたのは、イラーハーバード出身の人間の話し方がよく再現されていたことだ。あることないことベラベラまくしたてるヴィジャイのしゃべり方は、非常にリアルに感じた。この辺りはカシヤプ監督の得意とするところであり、さすがであった。なんとこの映画に登場するアミターブ・バッチャンの家やガードなどは全て本物であるらしい。カシヤプ監督との仕事を熱望していたというバッチャンは、二つ返事でこの役を引き受け、多大な支援をしたと言う。

 「Bombay Talkies」の全4話が終わった後もお楽しみがある。「Apna Bombay Talkies」という歌が始まるのだが、これは前半と後半に分かれており、前半では往年のスターたちの映像が繋ぎ合わされて、彼らがさも「Apna Bombay Talkies」の歌を歌っているように見えるようになっている。インド映画黎明期の大スター、プリトヴィーラージ・カプールから始まって、マドゥバーラー、ラージ・カプール、ラージェーシュ・カンナー、アミターブ・バッチャンなど、そうそうたる顔ぶれである。後半では現代活躍中の俳優たちが1人1人登場し、少しずつパートを歌う。アーミル・カーンから始まり、マードゥリー・ディークシト、カリシュマー・カプール、アクシャイ・クマール、ジューヒー・チャーウラー、サイフ・アリー・カーン、ラーニー・ムカルジー、シュリーデーヴィー、プリヤンカー・チョープラー、ファルハーン・アクタル、イムラーン・カーン、ヴィディヤー・バーラン、カリーナー・カプール、ランヴィール・スィン、アニル・カプール、シャーヒド・カプール、ソーナム・カプール、ディーピカー・パードゥコーン、ランビール・カプールとバトンタッチし、最後にシャールク・カーンが特別扱いされて登場する。各俳優の登場シーンでは、代表作の歌をモチーフにしたちょっとしたフレーズが流れる。例えばプリヤンカーのときは「Desi Girl」、ヴィディヤーのときは「Ooh La La」と言った具合である。紹介が最後になったが、「Bombay Talkies」の音楽監督はアミト・トリヴェーディーであり、このインド映画100周年を記念した「Apna Bombay Talkies」の制作には4ヶ月が費やされたと言う。

 総じて、「Bombay Talkies」はインド人の映画愛がギュッと詰まっており、インド映画100周年にふさわしい作品であった。特に「Apna Bombay Talkies」は一見の価値がある。また、第1話を撮ったカラン・ジョーハル監督の才能の無さが露呈してしまっており、映画監督の世代交代を感じさせることにもなっていた。今後のヒンディー語映画を定義して行くのは、アヌラーグ・カシヤプ監督を始めとする残りの監督陣であろう。

Print Friendly

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です