Dear Zindagi

2010年代のヒンディー語映画の大きな特徴のひとつは、女性の躍進である。女性の活躍が、スクリーンの表と裏の両面で目立つようになり、しかもそれらが正当な評価を得るようになった。女性のプロデューサー、映画監督、音楽監督などが台頭する一方で、女性が中心のストーリーが盛んに作られ、そして興行的にも遜色ない成績を残すようになった。言い替えれば、「女性の女性による女性のための映画作り」が進んだのが2010年代のヒンディー語映画だったと言えよう。

 主婦の尊厳をテーマにしたヒンディー語映画「English Vinglish」(2012年)は、「マダム・イン・ニューヨーク」という邦題と共に日本でも公開され、好評を博した。やはりこの映画の監督も女性のガウリー・シンデーであった。彼女にとって「English Vinglish」がデビュー作だったのだが、第2作が2016年11月25日公開の「Dear Zindagi」である。やはり、女性主人公の映画であり、主に女性の視点から女性の人生を語った作品となっている。



 「Dear Zindagi」の主演はアーリヤー・バット。若手女優の中では随一の演技力を持ち、この映画でもその才能が遺憾なく発揮されていた。サポート役としてシャールク・カーンが出演している他、パキスタン人男優アリー・ザファル、クナール・カプール、イラー・ドゥーベー、ローヒト・スレーシュ・サラーフ、アンガド・ベーディー、アーディティヤ・ロイ・カプール(カメオ)などが出演している。

 「Dear Zindagi」は、ムンバイーに住み、映画監督を目指す女性主人公と、家族、友人、恋人など、彼女の周辺にいる登場人物との関係を描く中で、彼女の成長を追う物語である。

 この映画のプロットで画期的だと感じたのは、主人公のカイラ(アーリヤー・バット)が劇中の時間(およそ数ヶ月)の間に複数の男性と付き合い、最終的にどの男性とも恋人関係という意味では長続きしていないことである。最初に付き合っていたのはスィド(アンガド・ベーディー)だが、彼と付き合っている様子はほとんど描写されない。スィドと別れ、次の相手であるラグ(クナール・カプール)と付き合う。ところがラグが別の女性と婚約したと聞いてショックを受ける。その他の要因もあって、カイラは一旦、故郷のゴアに戻る。そこで出会ったのがミュージシャンのルーミー(アリー・ザファル)であったが、彼に惹かれつつもいまいち乗り切れない自分を発見する。精神的にまいっていたカイラは、ゴアで心理学者のジャハーンギール(シャールク・カーン)の診療所に通い、治療を受ける。彼女はジャハーンギールと話し、含蓄ある言葉を聞いている内に、次第に悩みを克服して行くが、同時にジャハーンギールに惹かれて行く。最後の受診日にカイラはジャハーンギールに告白する。以上のように、カイラは少なくとも4人の男性と続けて心を通わせて行くのである。

 ハッピーエンドを重視するインド映画では、この内の誰かとカイラが結ばれるのが予想されるエンディングである。特にシャールク・カーン演じるジャハーンギールと結ばれるのが順当かと思われる。しかし、映画は観客のそういう安易な予想を爽快に裏切る。

 映画監督を夢見ていたカイラは、最後に一本の映画を完成させ、上映会を開く。そこには、スィド、ラグ、ルーミー、ジャハーンギールも駆けつける。カイラを巡ってこの4人の男性がライバル意識をむき出しにする訳でもなく、皆、嬉しそうである。皆、カイラの成功を心から祝い、カイラもそれに笑顔で応える。インド映画の標準的なハッピーエンドとは違うが、非常にリアルなエンディングで、しかも悲しくはなかった。こういう終わり方ができるインド映画があったのかと驚かされた。

 女性監督が台頭して来るに従って、確実にインド映画界には新しい風が吹き込んで来ている。かつてのインド映画が少年漫画的だったとすれば、最近のインド映画には少女漫画的な展開の映画が目立つようになった。この「Dear Zindagi」も、女性視点で一人の女性の人生が幼少期から青年期まで通して描写されており、少女漫画に近い印象を受ける。男性キャラはどこかフワフワとしていて「外部」的である一方、女性キャラ同士の関係――母と娘、女友達――が非常に緻密に描かれている。

 カイラと両親の関係も複雑であった。ゴアに生まれたカイラは、幼少時に祖父母の家に預けられ、両親は海外に出稼ぎに行ってしまう。その間に弟が生まれたが、弟が両親と一緒にいたのに対し、カイラは依然として祖父母の家に預けられていた。カイラが祖父母の家に慣れて来た頃に両親はゴアに帰って来て、彼女は祖父母から引き離される。このように両親の身勝手な立ち振る舞いに振り回されて来ており、カイラと両親の仲は良くない。

 カイラが精神的に落ち着かなかったのは、直近ではラグとの失恋があったからであるが、その根底には慢性的に、両親との不仲があった。ジャハーンギールは、「両親の立場になって考えてみるといい」と助言する。そうすることでカイラは初めて両親を受け容れられるようになり、少し生きやすくなる。カイラに成長が見られた瞬間だった。他にもジャハーンギールはカイラに多くの的確な助言をし、彼女の人生を前向きにする。

 劇中では少しだけ触れられていたが、ムンバイーで一人暮らしする独身女性の苦労もこの映画の隠れたテーマだ。ムンバイーでは、独身女性が部屋を借りるのが非常に難しく、カイラが家を追い出されたのも、それが理由である。特に強い主張や考えられる解決策が提示された訳ではなかったが、ショーナーリー・ボース監督らしい視点だと感じた。

 アーリヤー・バットの演技はいつも通り一級品であった。今時の若い女性を演じさせたら彼女の右に出る者はいない。おそらくインドの若い女性たちは、彼女に自分を容易に投影できるのではなかろうか。そして感情の表現の仕方が素晴らしい。ヒンディー語映画界の至宝とまで言えるレベルに達していると感じる。大御所であるシャールク・カーンとの共演にも全くひるんでいなかった。シャールク・カーンも、肩の力の抜けた自然な演技で、彼のベストのひとつに数えられるのではなかろうか。

 「Dear Zindagi」は、女性監督による女性目線の女性映画。「English Vinglish」のショーナーリー・ボース監督の最新作であり、再び女性の共感を呼ぶ上質な作品に仕上がっている。

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