Dum Laga Ke Haisha

21世紀も既に2つめの10年間に入り、いつの間にか90年代が遠く感じるようになった。90年代が遠くなったことで、90年代という時代自体が映画の舞台装置に使われるようになった。例えば「Om Shanti Om」(2007年)は前半を1970年代という設定にし、ノスタルジーを醸し出していたが、これは納得である。だが、気付いたら90年代も十分にノスタルジーの対象となり得る存在となっていたことに驚きを禁じ得ない。

 2015年2月27日に公開された「Dum Laga Ke Haisha」は、90年代中頃のハリドワールを舞台とした、一風変わったロマンス映画だ。現在ハリドワールはウッタラーカンド州に含まれるが、この頃はまだウッタル・プラデーシュ州の一都市であった。ちょうど「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)が大ヒットしている頃。インターネットや携帯電話などは存在せず、人々はカセットテープで音楽を聴いていた。しかし、次第にCDがインドの田舎町にも浸透して来る、そんな時代だ。

Dum Laga Ke Haisha

 

 「Dum Laga Ke Haisha」の監督はシャラト・カターリヤー。英語映画や社会派映画などの分野で活躍するラジャト・カプールの弟子のようで、本作は監督第2作となる。主演は「Vicky Donor」(2012年)のアーユシュマーン・クラーナー。ヒロインは新人のブーミ・ペードネーカル。他にサンジャイ・ミシュラー、アルカー・アミーン、シーバー・チャッダー、スィーマー・パーワーなどが出演している。また、90年代に最盛期を迎えた歌手クマール・サーヌーが本人役で特別出演している。

 作曲はアヌ・マリク、作詞はヴァルン・グローヴァー。題名の「Dum Laga Ke Haisha」とは、「気合を入れて、ヨイショ!」みたいな意味。ヤシュラージ・フィルムス制作の映画である。

あらすじ

 1995年のハリドワール。プレーム・プラカーシュ・ティワーリー(アーユシュマーン・クラーナー)は街角で父親(サンジャイ・ミシュラー)と共にカセットテープ屋を営んでいた。プレームは歌手のクマール・サーヌーの大ファンであった。プレームは勉強が得意ではなく、10年生の試験に落第しており、それがコンプレックスだった。

 ある日、プレームはリシケーシュにお見合いに行くことになり、そこで出会ったサンディヤー(ブーミ・ペードネーカル)と結婚させられる。サンディヤーは教育学の学士号を持っており、教師としての将来を嘱望されていた。だが、太った体型をしており、全くプレームの好みではなかった。それでも、家族に押し切られる形でプレームは結婚することになってしまった。プレームとサンディヤーは集団結婚の一組として式を挙げる。

 プレームはサンディヤーに対して何の愛情も持ち合わせていなかった。また、プレームの家族に学のある者がいなかったため、大学まで出たサンディヤーとは価値観が合わなかった。とうとうサンディヤーは我慢し切れなくなって実家に帰ってしまう。しばらくして、ティワーリー家にはサンディヤーから離婚の請願書が届いた。裁判所で半年間夫婦一緒に住み、それでも仲直りできなかったら離婚となる旨が言い渡される。サンディヤーは再びティワーリー家に住み始める。

 折りしもハリドワールでは「ダム・ラガー・ケ・ハイーシャー競技会」が開催されようとしていた。この競技会では、夫が妻を背負って障害物競走のようなレースをする。プレームは全く興味を示さなかったが、サンディヤーと共に過ごす内に彼女の良さが見えて来て、競技当日には一緒に出場する気になる。

 競技会には特別ゲストとして、プレームが崇拝するクマール・サーヌーも来ていた。レースが始まると、プレームとサンディヤーは、ライバルたちを次々に追い抜かし、とうとう優勝する。2人はこうして夫婦としてこれからも共に過ごすことを決める。

解説

 インドではアレンジド・マリッジ(親同士が決めた結婚)が主流で、ラヴ・マリッジ(恋愛結婚)はまだまだ稀である。21世紀に入った今でも、ラヴ・マリッジ率は数パーセントに過ぎないと言われている。また、インドの若者自身も大半がラヴ・マリッジを希望する傾向にある。現代でもこのような状況であるため、「Dum Laga Ke Haisha」の時代である90年代中頃は、さらにアレンジド・マリッジが主流であったことは想像に難くない。主人公プレームは、家の経済的事情から、全く好みでもない女性と結婚させられてしまうが、これは何も映画の中だけの出来事ではなく、インドの多くの人々が通り抜けて来た現実であり、しごく共感できる展開なのである。

 ただ、ここからは映画ならではの展開になる。プレームの結婚相手サンディヤーは、学はあったが、一言で言えばデブであった。デブながら性格は明るく、勝ち気であった。プレームがいくら彼女に冷たく当たろうと、サンディヤーは決してへこたれることはなかった。姑や姑の妹とも堂々と口論をした。プレームはサンディヤーのことを全く好きではなかったが、サンディヤーはお見合いのときに彼を一目見て惚れてしまっていた。だからしばらくの間は我慢した。しかし、あるときプレームが公衆の面前で彼女を侮辱することがあり、それがきっかけでサンディヤーは実家に戻ってしまう。

 プレームとサンディヤーの結婚は、言わばコンプレックスを持った者同士の結婚であった。プレームは10年生の試験に落第したことがコンプレックスであった一方、サンディヤーは自分の体型をコンプレックスに感じていた。そんな2人の結婚は、当初なかなかうまく行かなかった。特にプレームにとっては、自分より学のある妻を持つことはコンプレックスの上塗りであった。ただでさえ外見的に見栄えのしない花嫁であるため、プレームにとって非常に辛い現実であった。

 コンプレックスは、それを乗り越えない限り、解消されない。2人の結婚は、お互いのコンプレックスを乗り越えることでしか、軌道に乗らない運命にあった。そのチャンスを提供したのが「ダム・ラガー・ケ・ハイーシャー競技会」であった。プレームは自分よりも体重の重い妻を背負って走った。このレースで優勝することによって、プレームは学歴コンプレックスを乗り越え、サンディヤーは体重コンプレックスを乗り越えた。自然と2人の間にあった垣根は取り払われ、2人は本当の夫婦となった。

 気持ちが一方通行のまま結婚した男女の物語としては、同じヤシュラージ・フィルムスの「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)があるが、「Dum Laga Ke Haisha」の方が、男性側から見ても、女性側から見ても、より一般庶民の感覚に近いストーリーであったと感じる。それは、家族の存在が大きいだろう。「Rab Ne Bada Di Jodi」は優れたインド映画であったが、「家族」というインド映画が最も大事にして来た要素に弱かった。その点、「Dum Laga Ke Haisha」のヒーロー・ヒロインは人間臭い家族に囲まれており、より写実的で、現実感があった。

 主人公のプレームがカセットテープ屋をしているというのは面白かった。そのおかげで、新技術であるCDが彼らのビジネスを侵食し始めて行く様子がサイドストーリーとして活きていた。インドでCDが普及し始めたのが本当に90年代中頃だったのかは不明だ。ちなみに日本では80年代を通してCDが急速に普及して行った。自分の記憶では、インドに住み始めた2001年のデリーにはまだ音楽店にカセットも併売されていた。CDはまだまだ高価で、カセットの方が需要が高かった。だから、90年代中頃のハリドワールにはまだCDは本格的に上陸していなかったのではなかろうか。

 ところで、プレームが参加するラジオ体操のような集会は、民族義勇団(RSS)によるシャーカーと呼ばれる軍事教練である。RSSは現在中央政府で政権を握っているインド人民党(BJP)の支持母体であり、全国にネットワークを持っている。現在首相を務めるナレーンドラ・モーディーもRSSの団員であり、シャーカーに参加していた。彼は10代の頃に望まないアレンジド・マリッジをしている。そういえば「Dum Laga Ke Haisha」のストーリーはナレーンドラ・モーディーの半生を少しだけなぞっているようにも感じる。

 また、劇中には集団結婚(サームーヒク・ヴィヴァーハ)のシーンもあったが、これは実際にインドで行われている。主に結婚式の費用を捻出できない貧困層のための慈善事業として行われる。現在でも各地で行われている。

 ハリドワールが舞台なだけあって、言語は現地のガルワーリー方言が使われていた。台詞は標準ヒンディー語ではないので、聴き取りは困難な部類に入る。だが、この生の台詞のやり取りが映画の魅力のひとつでもある。

 「Dum Laga Ke Haisha」は音楽も魅力的だ。90年代の映画音楽をテーマにしており、メロディー重視の懐かしい響きがする曲がある。また、当時一世を風靡した歌手クマール・サーヌーが全面的にフィーチャーされており、「Tu」や「Dard Karaara」を歌っている。

 「Dum Laga Ke Haisha」は、インド特有のアレンジド・マリッジを好意的に取り上げた作品だ。お互いにコンプレックスを抱えた若い男女が、いくつかの衝突を繰り返しながら、それぞれのコンプレックスを乗り越え、実際の夫婦へと成長して行く過程を追った、一風変わったロマンス映画である。90年代のハリドワールが舞台。そんなに遠い過去の話ではないが、既にどこか古き良きインドを思わせることに、改めて時の流れの早さを感じる。興行的にもヒットとなったようで、見て損はない佳作だと言える。

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