Ghanchakkar

行成績などからヒンディー語映画の各年代表作をピックアップすると、どうしてもロマンス映画やアクション映画がリストアップされることが多くなるのだが、低予算映画にまで守備を広げると、意外に侮れないと感じるのがスリラー映画である。21世紀のヒンディー語スリラー映画の系譜は、パンカジ・アードヴァーニー監督の「Urf Professor」(2001年)から始まったとされる。ブラックユーモアに満ちたスリラーの手法を確立したパンカジ・アードヴァーニー監督は「Sankat City」(2009年)を遺作として死去してしまうが、その影響はとても大きく、若手監督を中心に、脚本重視の良質スリラー映画が毎年コンスタントに作られている。「Johnny Gaddaar」(2007年)、「Aamir」(2008年)、「Delhi Belly」(2011年)、「Kahaani」(2012年)などが代表例だ。

 2013年6月28日公開の「Ghanchakkar」も、どうやらヒンディー語スリラー映画の良作リストに加えられそうな作品だ。監督は「No One Killed Jessica」(2011年)のラージクマール・グプター。キャストはイムラーン・ハーシュミー、ヴィディヤー・バーラン、ラージェーシュ・シャルマー、ナミト・ダース、パルヴィーン・ダバース、シャシャーンク・シンデーなど。音楽はアミト・トリヴェーディー、作詞はアミターブ・バッターチャーリヤ。題名の「Ghanchakkar」とは「騒動」のような意味である。

Ghanchakkar

あらすじ

 サンジャイ・アトレー、通称サンジュー(イムラーン・ハーシュミー)は金庫破りのプロだったが、今は泥棒稼業から引退し、妻のニートゥー(ヴィディヤー・バーラン)と共にムンバイーに住んでいた。サンジューは毎日テレビを観てダラダラ過ごす怠け者であった一方、ニートゥーはファッション雑誌を読み漁り、ピントの外れた服を着て夫と口論してばかりの迷惑女であった。

 ある日、サンジューの電話にパンディト(ラージェーシュ・シャルマー)と名乗る男から電話が掛かって来る。3億5千万ルピーの仕事があると言う。サンジューは最初断るが、ニートゥーからも仕事を勧められ、その話に乗ることになる。真夜中の終電でパンディトとその相棒イドリース(ナミト・ダース)と打ち合わせをし、銀行強盗をする。サンジューは易々と金庫を開け、3億5千万ルピーを手にする。ところがパンディトとイドリースは、その大金をサンジューに預けて行ってしまう。3ヶ月後に金を受け取りに来ると言う。報酬は山分けの約束であった。

 3ヶ月後、サンジューの電話にパンディトから電話が掛かって来る。ところがこの間、サンジューは事故に遭って頭を打ち、記憶喪失になっていた。パンディトから金のことを聞かれても全く記憶にない。怒ったパンディトとイドリースはサンジューの家まで押しかけ、彼を連れ出す。ところがサンジューは彼らを病院まで連れて行き、自分が記憶喪失になったことを証明する。

 パンディトとイドリースは次なる手段としてニートゥーを誘拐する。そして1週間以内の金の在処を思い出さなかったら彼女を殺すと通告する。サンジューは必死に家の中を探すが、金は見つからない。そうしている内に今度はパンディトとイドリースがニートゥーを連れて家までやって来る。サンジューが思い出すまで一緒に家で生活することになる。

 サンジューは最初、学生時代の友人ウッタム・ナーグパール(パルヴィーン・ダバース)を疑う。急に羽振りの良い生活をし始めたからだ。3ヶ月前に宝くじに当たったと言う。しかし、ウッタムは宝くじに当たった証拠をサンジューに提示しないまま、ロンドンに高飛びしてしまう。疑いは晴れないままだった。

 次にサンジューはニートゥーを疑うようになる。ニートゥーの箪笥から大量の現金が出て来たことが疑惑の始まりで、その他にもいくつか怪しいところがあった。極め付けはウッタムとの浮気疑惑だった。ウッタムと一緒に物件探しをしていたこと、ロンドン行きの航空券を購入していたことなどが発覚し、ますますニートゥーは黒に近くなる。

 また、サンジューの携帯には別の男から金の在処を問う電話が掛かって来るようになる。我慢できなくなったパンディトとイドリースはニートゥーを誘拐し、サンジューを終電に呼び出すが、駆け付けたサンジューはパンディトとイドリース、そしてニートゥーのことまでも忘れてしまっていた。憤ったイドリースは拳銃を抜くが、突然現れたバーバー(シャシャーンク・シンデー)に殺される。バーバーこそが、今回の計画の黒幕だった。パンディトも殺され、ニートゥーも撃たれるが、サンジューは金を探していたことすら忘れてしまっていた。サンジューはフォークとバナナで戦おうとするが、拳銃に敵うはずがなく、バーバーに撃たれて倒れる。バーバーは計画失敗だと諦め、立ち去ろうとする。

 そこへサンジューの母親から電話が掛かって来る。母親は何度もサンジューに電話をしていたが、サンジューはいつも少しだけ話して一方的に切ってしまっていた。ところが今回、サンジューは血を流して倒れていたため、母親の言うことを最後まで聞くことができた。母親の話を聞いていると、なんと金は母親のところにあることが分かった。それを聞いたバーバーは引き返して来るが、バナナの皮で足を滑らせ、フォークに首を突き刺して絶命する。

解説

 スリラー映画はあらすじが全てだ。結末まで書くのは気が引けるが、公開から時間が経った映画なので、実害は少ないだろう。後で自分が思い返すときのメモ用にも、あらすじは始まりから終わりまで書いておかなければ気が済まない。

 何と言ってもこの映画の肝は、銀行強盗をして手に入れた3億5千万ルピーがどこにあるのか、誰の手に渡ったのか、最後の最後まで全く分からないことだ。当然、脚本は観客を混乱させようとする。まずはウッタムに疑いの目を向け、次にニートゥーに照準を合わせる。しかし、彼らは結局真犯人ではない。かと言って、伏線なしに真犯人が現れる訳ではない。ストーリーの最初にいきなり伏線が張ってある。すなわち、サンジューの母親である。だが、伏線の張り方が非常に巧妙なので、このトリックを見破れた人はそう多くないのではないかと思う。

 ニートゥーを演じたヴィディヤー・バーランの演技も、サスペンスに味を加えている。疑わしさと潔白さの両方をうまく表情やジェスチャーで表現しており、観客をいいように翻弄していた。ニートゥーの、頭のネジが数本飛んでいるようなキャラは、少しやり過ぎかとも思ったが、それを難なくこなせてしまうところが彼女のすごいところだ。相手役のイムラーン・ハーシュミーの演技も良かったし、ヴィディヤーとの相性も意外に良好であった。イムラーンは隠れた演技派なので、ヴィディヤーのような演技力のある女優と共演しても見劣りしない。

 それに加えてパンディトとイドリースの凸凹コンビも良かった。キャラが立っているのも、スリラー映画の成功の秘訣だ。脚本に加えて人物設定でも成功していたため、飽きずに最後まで映画を楽しむことが出来た。エンディングは多少唐突ではあったが、バナナとフォークで悪役が死ぬという強引などんでん返しは潔さを感じた。

 細かい部分になるが、劇中、サンジューとイドリースの間で、ソニーとサムスンのテレビの比較が熱く語られる場面がある。曰く、音はサムスンの方がいいが、画質はソニーの方がいい、とのことであった。インド人はテレビで映画を大音量で鑑賞することが多いために、テレビを選ぶ際は音の大きさがかなり重要な基準となるという話を聞いたことがある。音はサムスンが良いというのが一般認識だとしたら、値段はさておいて、サムスンの方が有利になるだろう。ただ、サンジューはソニーのテレビを推しており、日本人としては一安心と言ったところか。

 「Ghanchakkar」は興行的にはフロップとなっており、批評家からも高い評価は受けなかったようだ。しかし、さすが「No One Killed Jessica」の監督である、しっかりと観客を引き込む映像力・ストーリーテーリング力がある。2013年のベスト・スリラーの1本と評してもいいのではないだろうか。

Print Friendly

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です