Gulabo Sitabo

近年のヒンディー語映画は、人生の様々なポイントで起こる問題を取り上げるようになって来ており、インド人の人生の一端を垣間見ることが出来て面白い。不動産の売買はほとんどの中産階級にとって人生の一大イベントであり、動く金額も大きいことから、落とし穴も多い。よって、不動産を巡るドタバタ劇は映画になりやすい。ディバーカル・バナルジー監督のデビュー作「Khosla Ka Ghosla」(2006年)は傑作であった。2020年6月12日にAmazon Primeで配信開始された「Gulabo Sitabo」も、不動産を巡るブラックコメディー映画である。




 監督は「Vicky Donor」(2012年)などのシュジート・サルカール。主演はアミターブ・バッチャン、アーユシュマーン・クラーナー、ファールク・ジャファル、ヴィジャイ・ラーズ、ブリジェーンドラ・カーラーなど。「Gulabo Sitabo」とは、映画の冒頭と最後に出て来る操り人形の姉妹の名前である。

 舞台は古都ラクナウー。ファーティマー・マハルは築100年以上の古い邸宅で、その女主人ファーティマー・ベーガム(ファールク・ジャファル)の15歳年下の夫ミルザー(アミターブ・バッチャン)は、ベーガムが死んで邸宅が自分のものになるのを今か今かと待っていた。また、ファーティマー・マハルには数家族のテナントが住んでいた。その内の1人、バーンケー(アーユシュマーン・クラーナー)は、父の死後、製粉所を継いでいたが、稼ぎは悪く、家賃を滞納していた。

 考古局のギャーネーシュ(ヴィジャイ・ラーズ)は、ファーティマー・マハルの歴史的価値に目を付け、その保護のために邸宅を召し上げようとしていた。バーンケーは、邸宅が考古局の所有物になれば、その代わりに公営住宅に家がもらえると考え、協力する。それに対抗し、ミルザーは弁護士のクリストファー・クラーク(ブリジェーンドラ・カーラー)に相談し、考古局に取られる前に邸宅を売り払おうとする。こんな物語である。

 ラクナウーは、19世紀に栄えたアワド藩王国の首都だった街で、バラー・イマームバーラー、チョーター・イマームバーラー、ルーミー・ダルワーザーなど、旧市街に壮大な遺構が残っている。それ以外にも多くの古い建築物が残っており、映画中に登場したファーティマー・マハルのような邸宅があってもおかしくはない。設定に信憑性があり、物語に入り込みやすい。

 映画の中で弁護士のクリストファーが言っていたが、このような古い邸宅の主人が死ぬと、その遺産を巡って多くの「親類」が現れ、泥沼の相続訴訟になることが多い。インドにかつてあった藩王国の多くが、そのような訴訟を抱えていると言われる。「Gulabo Sitabo」でもその可能性があったが、相続の話までは行かない。

 「Gulabo Sitabo」は、その邸宅にテナントとして住む一家の長男バーンケーが主人公である。彼が払っている一ヶ月の家賃は30ルピー。これが現代の話だとしたら、はっきり言って破格の値段である。彼は何としてでも出て行きたくない。ただ、満足な教育を受けていないため、いまいちどうしたらいいか分からない。むしろ、妹のグッドゥーの方が頭脳明晰で、一方でギャーネーシュに近づき、もう一方でクリストファーの信頼を得る。

 物語は、まるでお伽話のような結末を迎える。結局、欲をかいた者は思い通りの結果を得られない。ミルザーもバーンケーも邸宅から追い出されてしまう。勝者はいないが、敢えて言うならば、95歳になっても人生を謳歌するベーガムに有利な結末となっていた。ただ、ベーガムはミルザーを無一文で邸宅から追い出しはせず、代わりの家と、1脚の椅子を贈る。ミルザーはその椅子を250ルピーで売り払ってしまうが、その椅子はムンバイーのアンティークショップに流れ着き、13万ルピー以上の値段が付けられる。結局、ミルザーは邸宅ばかりに目がくらんでおり、モノの価値が分からない男であった。人生の教訓が得られるような結末であった。

 「Gulabo Sitabo」は、俊英シュジート・サルカール監督の最新作である。古都ラクナウーの神秘的なオーラをまとう歴史的な街並みを舞台に、邸宅を巡るドタバタ劇を、教訓めいた結末と共に描きだした逸品である。

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