Hawaa Hawaai

パの社会活動家、カイラーシュ・サティヤールティーとマラーラ・ユーサフザイーがノーベル平和賞を同時受賞した。この2人は共同で何かをしていた訳ではないが、この2人に共通するのは、教育問題のために戦って来たという点である。ハイバル・パフトゥーンハー州スワート県に生まれ育ったマラーラは日本でも既に有名な女性で、同県の行政を握ったターリバーンが女性の教育を阻害する中、命の危険を顧みずに公然と教育を受ける権利を主張し、ターリバーンに銃撃されて生死の境を彷徨った。それでも彼女は活動を止めず、国連本部で「1人の子供、1人の教師、1冊の本、そして1本のペンでも世界を変えられる」と演説した。一方のカイラーシュについては、ノーベル賞受賞までそれほど名を知られた人物ではなかった。ただ、彼の開始した児童労働撲滅運動「バチュパン・バチャーオー・アーンドーラン(BBA)」は有名である。

 2014年5月9日に公開されたヒンディー語映画「Hawaa Hawaai」も児童労働問題を取り扱っている。監督はアモール・グプテー。アーミル・カーン初監督作「Taare Zameen Par」(2007年)の真の監督と噂されており、彼が満を持して監督デビューした「Stanley Ka Dabba」(2011年)は、「スタンリーのお弁当箱」の邦題で日本でも公開された。「Stanley Ka Dabba」も児童労働問題を題材にした映画だった。グプテー監督は多くの子役を使った映画作りが得意で、「Hawaa Hawaai」も子供が中心の映画である。また、グプテー監督が作詞も担当している。音楽はヒテーシュ・ソーニク。

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 「Hawaa Hawaai」で主演を務めるのは、「Stanley Ka Dabba」でも主演だったパルトー・グプテー。アモール・グプテー監督の実の子供だ。「Stanley Ka Dabba」の頃から成長し、父親に似て太って来ている。大人の配役の中ではサーキブ・サリームが主演と言える。「Mujhse Fraaandship Karoge」(2011年)でデビューした若手の注目株で、「Mere Dad Ki Maruti」(2013年)でも好演していた。他に、プラギャー・ヤーダヴ、マカランド・デーシュパーンデーイ、ラッザーク・カーン、アヌジ・サチデーヴァ、ディヴィヤー・ジャグダレーなどが出演している。「Stanley Ka Dabba」ではアモール・グプテー自身も出演していたが、今回は完全にカメラの裏に回っている。ちなみに、「Hawaa Hawaai」とは「ロケット」という意味である。

あらすじ

 マハーラーシュトラ州の貧困地域のひとつであるヤヴァトマール県の片田舎で生まれ育ったアルジュン・ハリシュチャンドラ・ワーグマレー(パルトー・グプテー)の一家は、綿花農家の父の死をきっかけにムンバイーに移住し、スラム街で暮らすようになった。アルジュンは故郷の学校では優等生だったが、ムンバイーでは学校に通えなくなり、駐車場に隣接するチャーイ屋で働くことになった。母親はメイドをして生計を稼いでいた。

 アルジュンの働くチャーイ屋の前の駐車場は、夜間、インライン・スケートの練習場になっていた。そのコーチをしていたのがアニケート・バールガヴァ、通称ラッキー(サーキブ・サリーム)であった。ラッキーは兄アニルッダ(アヌジ・サチデーヴァ)と共に幼少時代からスケートに親しみ、レースでも数々の賞を勝ち取って来た。しかし、両親の交通事故死を機に彼らの人生は変わってしまった。アニルッダはスケートを一切しなくなり、ニューヨークに移住して投資銀行家をしていた。一方、ラッキーはムンバイーに残り、スケート教室を開いていたのだった。ラッキーは事故で片足を怪我しており、その面倒を見るためにアニルッダがニューヨークから一時的に帰って来ていた。

 アルジュンはインライン・スケートの世界にすっかり魅せられてしまう。だが、スケート靴は最低でも2万5千ルピーした。スラム街在住の貧困家庭の子供にそんなお金はない。だが、アルジュンはムンバイーに来て以来、近所で労働する貧しい子供たちと仲良くなっていた。ガレージで働く子供、ゴミ拾いをする子供、刺繍をする子供、路上で花を売る子供・・・。彼らは協力し合って、あり合わせの材料でスケート靴を作った。アルジュンはそれを履いてスケートの練習をし出す。

 ところでアニルッダはラッキーに、しきりに一緒にニューヨークへ来ることを勧めていた。ラッキーはとりあえず1ヶ月だけニューヨークに滞在することを決める。スケート大会が2ヶ月後に迫っていたし、ラッキーは舞台劇の女優をしているプラギャー(プラギャー・ヤーダヴ)と恋仲になりつつあったのだが、兄の顔を立てることにした。ところが、チャーイ屋で働く貧しいアルジュンが、あり合わせの材料をかき集めてスケート靴を作ってまでスケートをし出したことに感銘を受け、この子にスケート大会で金メダルを取らせることを決意する。アニルッダは単身ニューヨークに戻る。

 アルジュンは、ラッキーからスケートのいろはをみっちり教え込まれる。アルジュンは夜まで仕事をした後、スケートの練習をし、家に帰ると夕食も食べずに眠るという生活を送っていた。そして県大会の日がやって来た。ラッキーはアルジュンの勝利を確信していたが、アルジュンは会場に現れなかった。後にラッキーは、アルジュンが肝炎で倒れたことを知る。ラッキーはアルジュンを入院させ、治療に専念させる。何とか容態は回復し、アルジュンは意識を取り戻すが、彼は大会に出られなかったことに絶望していた。

 しかし、まだ道はあった。アルジュンの出身地であるヤヴァトマール県からは、今まで誰もスケート大会にエントリーしたことがなかった。アルジュンはヤヴァトマール県の代表としてエントリーすれば、県大会を経ずに州大会に出場することが可能だった。それを聞いてアルジュンは希望を取り戻す。

 州大会の日、アルジュンはヤヴァトマール県から出場した初の代表としてレースを戦う。この大会には、ニューヨークからアニルッダも駆けつける。スタート直前にアルジュンの出生証明書がないことが問題になったりもしたが、何とか出場を認められた。しかし、そのときのやり取りの中でアルジュンは、大好きだった父親の顔写真を目にし、父親が死んだときのことを思い出す。干魃が続き、借金に借金を重ねた父親は、最後に発狂して倒れてしまった。そのときアルジュンは父親のために薬を買いに走ったが、それも虚しく、戻ったときには父親は死んでいた。そのときのトラウマが彼の走行に大きな力を与え、1位に躍り出るが、父親の死を目前にしたときの無力感を思い出し、彼の足は止まってしまう。次々に追い抜かされ、アルジュンは最下位となる。ところがアルジュンは我に返り、再び走行を始める。前を走っていた走者たちをごぼう抜きにし、最後はラッキーから伝授された技を駆使し、接戦を制して優勝する。

 ラッキーはアルジュンの躍進に勇気付けられ、児童労働をする子供たちに教育を受けさせる事業を始めることにする。アルジュンとその友人たちは学校に入学し、勉強をするようになった。

解説

 まずはアモール・グプテー監督の才能に感服した。まだ作品数は少ないが、おそらく現在のヒンディー語映画界の中でトップクラスの才能を誇る監督であろう。特に、たくさんの子供たちに演技をさせて一本の作品を作ることにかけては彼の右に出る者はいないだろう。「Stanley Ka Dabba」では、「演技のワークショップ」という形で細切れに撮影した映像をつなぎ合わせて映画にするという、世界でもおそらく類を見ない、変わった手法を採っていた。子供たちは、映画が作られていることに全く気付かなかったと言う。今回もおそらく部分的にでもその手法が採られていたと感じた。子供たちの演技を引き出すのに非常に効果的な手段で、インド映画が世界に誇ることができる武器のひとつとして今後も発展しそうだ。また、アモール・グプテー監督作品をきっかけに俳優を目指す子供たちも多く輩出されるはずで、将来的に優秀な俳優の登竜門となって行くという期待もある。また、児童労働をテーマにした映画だけあって、子役の労働時間には米国基準の厳しい制限を自ら課したともされている。そのおかげで、世界のどこで公開する際でも、未成年者の労働という観点から批判を受けることはないだろう。そういう配慮もできるほど頭の切れる監督である。

 「Hawaa Hawaai」はいくつかの観点から重要な意義を持つ映画である。まず、子供映画という観点。21世紀に入り、ヒンディー語映画がハリウッドに倣ってジャンルを多様化させて行く中で、子供映画というジャンルも発展して行った。その先駆けはヴィシャール・バールドワージ監督の「Makdee」(2002年)で、その後2Dアニメ映画「Hanuman」(2005年)、3Dアニメ映画「Roadside Romeo」(2008年)など、アニメ映画の発展とも軌を一にして来た。「Hawaa Hawaai」は、子供向けヒンディー語映画の最新作のひとつであり、また、このジャンルではトップリストに含まれるべき作品である。

 次にスポーツ映画という観点。ヒンディー語映画界では長らく「スポーツ映画はヒットしない」というジンクスが信じられていたが、クリケットを題材にした映画「Lagaan」(2001年)が大ヒットしてそのジンクスを打ち破り、以後スポーツ映画がいくつも作られて来た。インドでスポーツと言ったら「一にクリケット、二にクリケット、三四がなくて五がクリケット」というぐらい、クリケットが人気であり、映画の題材となる率も高いのだが、意外なことにその他のスポーツにも比較的よくスポットライトが当てられており、ホッケー、サッカー、ボクシング、陸上競技などで映画が撮られて来た。「Hawaa Hawaai」は、インライン・スケートという、インドではまだまだマイナーな競技が題材となっている。ただ、上位中間層から富裕層の子供たちを中心に人気は高まっているようで、デリーのコンノート・プレイスで毎週日曜日早朝に開催される一種の歩行者天国「ラーギーリー(Rahgiri)」でも、車のいない道路でスケートを楽しむ子供たちの姿がよく写されている。

 「Hawaa Hawaai」の中心テーマはグプテー監督の前作に引き続き児童労働なのだが、その前の段階の問題にも簡単に触れられていた。主人公アルジュンの父親は綿花農家であった。彼の故郷ヤヴァトマール県は、マハーラーシュトラ州東部に位置し、いわゆるヴィダルバ地方に入る。この地方は貧困のあまり自殺する農家が後を絶たないことが長らく問題視されて来た貧困地域である。アルジュンの父親は、自殺こそしなかったものの、綿花の不作が続き、借金に借金を重ね、遂に発狂死してしまう。一家は土地も家も全て手放してムンバイーのスラム街に住むことになり、下層の生活を余儀なくされる。アルジュンは、故郷の学校では優等生だったが、学校に通えなくなり、チャーイ屋で働くことになる。児童労働は、貧困問題の解決をしなければ、根本的な解決にならないことが示されていた。このような貧困問題や移民問題を扱った映画としての観点からも、「Hawaa Hawaai」は重要な映画だ。

 「Stanley Ka Dabba」ではお弁当を通して中間層の子供と貧困層の子供がつながっていたが、「Hawaa Hawaai」ではスケートを通して中上流層の子供と貧困層の子供の心のリンクが形成されていた。この辺りもグプテー監督の巧いところだ。子供たちの間で経済状況などでの差別はなく、子供と子供はすぐに結びつく。あまりに理想主義的と批判することも可能だが、第一に子供向けの教育映画であることを考えれば、これは許容されるべきであろう。そして最も重要なのは、貧困問題や児童労働問題を、ドキュメンタリー映画にありがちな暗いトーンではあく、子供たちが感情移入しやすいように、明るく希望に満ちあふれたトーンで取り上げて映画にしていることだ。これがインド娯楽映画の最大の強みであり、もっと肯定的に評価されなければならない点だと感じる。

 最近、インド経済やインド人の特性について論じた本などの中で、「ジュガール(Jugaad)」という単語がよく使われるようになった。アルファベットをそのまま転写して誤って「ジュガード」と書かれることもあるのだが、ヒンディー語ができる人なら必ず「ジュガール」と表記するだろう。あり合わせのもので何とかすることを言う。この言葉を最初に日本に紹介したのは多分僕が最初ではないかという自負がある(2001年に既にこの言葉を使っており、2008年5月にインドのジュガール文化について詳しく解説している)。このジュガールを説明するのに「Hawaa Hawaai」は絶好の映画だ。普通に買ったら数万ルピーするスケート靴を調達するため、アルジュンの友人たちはスクラップ置き場から使えそうな部品を拾い集め、ガレージで加工してもらい、スケート靴を作る。これがジュガールの精神である。この靴は「ロケット」を意味する「ハワー・ハワーイー」と名付けられ、それが映画の題名にもなっている。

 「Hawaa Hawaai」の表のストーリーはアルジュンが主人公であったが、裏のストーリーではラッキーと兄アニルッダが主人公であった。劇中であまり多くは語られていなかったが、2人もアルジュンと同じく苦労を体験したことが示唆されている。幼少時からスケートに親しんで来たというエピソードから、2人が経済的に余裕のある家庭に生まれ育ったことが分かるが、交通事故で一度に両親を亡くした後、彼らがどんな苦難に直面して来たか、容易に想像することができる。兄は再び経済的安定を追求し、ニューヨークで投資銀行家として高給を稼ぐ一方、弟は夢を追い求め、スケート教室を主宰する。どちらの人生が正しいか、ということは誰も判断できないが、少なくともこの映画の中では、夢を諦めないことの大切さが説かれていたように思う。

 「Hawaa Hawaai」は間違いなく2014年の名作の一本である。「Stanley Ka Dabba」が日本で劇場一般公開に漕ぎ着けたのならば、この映画がそれ以上の扱いを受けないことはおかしい。児童労働問題を始めとした教育分野で貢献して来たインド人社会活動家がノーベル平和賞を受賞したことも追い風と言えよう。日本での一般公開を強く推薦したい。

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