Hawaizaada

界初の有人動力飛行を行ったのは米国人のライト兄弟で、飛行実験が行われたのは1903年12月17日とされている。だが、有人飛行は彼らが初ではなく、1783年にフランス人のモンゴルフィエ兄弟が熱気球で有人飛行を行ったことが分かっている。それでは、無人動力飛行を初めて成し遂げた人物は誰か。その候補の一人として名前が挙がっているのが、1864年のボンベイで生まれたシヴカル・バープージー・タルパデーである。

 19世紀末から20世紀初めにかけて活躍した社会活動家ロークマーンニャ・ティラクの編集していた新聞ケーサリーによると、1895年にタルパデーはボンベイのチョウパーティーで、水銀を動力とした無人飛行機マルトサカー(風の友)号を飛ばした。マルトサカー号は400m以上上昇し、数分間飛行を続けたと言う。タルパデーはバラモン教の聖典ヴェーダなどに記されている「ヴィマーナ」と呼ばれる飛行機を再現することで飛行機を作り出したと言われている。確かにインド神話には空飛ぶ乗り物が出て来る。もしそれが本当ならば、古代インドには既に飛行機があったことになるし、タルパデーはその失われた技術を現代に再生させた功績で世界の航空史に名を刻むに値する人物であるが、国内外で彼はほとんど無視されている。だが、ボンベイ(現ムンバイー)を拠点とするヒンディー語映画界がこんなおいしい話を放っておくはずがない。タルパデーの人生を緩やかにベースとした映画「Hawaizaada」が作られたのだ。

Hawaizaada

 

 「Hawaizaada」は2015年1月30日に公開された。監督はヴィブ・ヴィーレーンダル・プリー。過去に短編映画を撮ったことがあるようだが、長編映画はこれが初となるだろう。主演は「Vicky Donor」(2012年)のアーユシュマーン・クラーナー。ヒロインはインド系オーストラリア人パッラヴィー・シャールダー。フィルモグラフィーを見ると「My Name Is Khan」(2010年)や「Heroine」(2012年)などに出演しているが、主演級の役がもらえたのは初めてであろう。他に、ミトゥン・チャクラボルティーが重要な役で出演している。

 作曲はローチャク・コーリー、マンゲーシュ・ダクデー、アーユシュマーン・クラーナー、ヴィシャール・バールドワージ、作詞はヴィブ・ヴィーレーンダル・プリー。1曲だけウルドゥー語詩人ミルザー・ガーリブの詩が使われている。題名の「Hawaizaada」とは「風の子」という意味である。

あらすじ

 1890年代のボンベイ。小学校で留年し続けるほどの劣等生だったシヴィー(アーユシュマーン・クラーナー)は、とうとう学校から放校となり、家からも追い出された。シヴィーは劇団のヒロイン、スィターラー(パッラヴィー・シャールダー)と恋に落ちるが、スィターラーはシヴィーを残して別の町へ去って行ってしまう。傷心のシヴィーを拾ったのが、空を飛ぶ研究をする科学者シャーストリー(ミトゥン・チャクラボルティー)であった。シャーストリーはシヴィーに才能を感じ、共に飛行機を作ろうとする。

 シャーストリーとシヴィーは何度も失敗を重ねる。資金を使い果たした2人は、藩王から資金援助を勝ち取り、遂に試作品を完成させる。藩王やロークマーンニャ・ティラクが見守る中、シャーストリーが作った無人飛行機は空を飛ぶ。しかし、しばらく空中を浮遊した後に飛行機は墜落、炎上してしまう。それでも、インド人の作った飛行機が空を飛んだというニュースは瞬く間に世間に広まり、英国人官僚は2人を危険人物として監視するようになる。

 ところで、シヴィーはスィターラーが町に戻って来たことを知る。しかし、スィターラーは既に劇団のヒロインではなかった。シヴィーはスィターラーを探し出すが、彼女は家賃を3年も滞納するほど貧困にあえいでいた。そこでシヴィーは、シャーストリーが大事にしていた秘密の本を盗み出す。その本は古い写本であり、古代の飛行機の作り方が記されていた。シャーストリーはその本に従って飛行機を作っていたのだった。シヴィーはその本を英国人官僚に売り飛ばし、金を手にする。しかし、シヴィーに裏切られたことを知ったシャーストリーは自殺する。

 シヴィーはシャーストリーの遺志を継いで飛行機を完成させることを誓う。スィターラーと甥のナーラーヤンがシヴィーを支えた。資金難にも陥ったが、旧友たちの助けがあった。また、シヴィーは動力源として水銀が適していることを発見する。様々な苦労を経て、シヴィーは遂に夢の飛行機を完成させる。シヴィーとスィターラーはその飛行機に乗り込み、初飛行に出掛ける。英国人がそれを止めようとするが、辿り着いたときには既に飛行機は飛び上がった後だった。

解説

 初めて飛行機を作ったインド人を主人公にした映画を作るというのは素晴らしい着眼点だった。また、1895年はインドが英領下にあった時代であり、英国人に先駆けてインド人が飛行機で空を飛ぶという行為が独立や自由のメタファーとして使われていたことも、悪くない膨らませ方であった。しかし、どうもヴィブ・ヴィーレーンダル・プリー監督は映画作りの基本が出来ていないようで、非常にテンポの悪い、雑な映画となってしまっていた。

 実話を元にした物語なので、もっと重厚なタッチで描けば、シヴカル・バープージー・タルパデーの功績を称える映画になったはずである。しかし、プリー監督は不必要にライトタッチで映画化してしまっており、まるでファンタジー映画のような雰囲気となってしまっていた。ファンタジー映画で人が空を飛ぶのは常套手段だ。空を飛ぶことに対して何の不思議も驚きもない。空を飛ぶということにこれだけこだわっていたのだから、もっと地に足の付いた演出を考えるべきであった。

 美術班も責任を逃れられないだろう。19世紀のインドをスクリーン上で再現することに完全に失敗しており、「ハリー・ポッター」と大差の無いメルヘンチックなセットや衣装になっていた。シャーストリーが作り出す飛行機のデザインもインドのセンスではなく、リアリティーがなかった。何もかもが嘘っぽい。演技も嘘っぽいし、ストーリーも実話を元にしていながら嘘っぽい。

 さらに、追い打ちを掛けるように全体的な編集が雑で、ストーリーに没頭することができなかった。ほとんど救いようがない映画になっていた。当然、興行的にもフロップの烙印を押されている。

 そんな失敗作にもひとつだけ取り柄がある。それは音楽だ。「Hawaizaada」のサントラは複数の音楽家による合作だが、驚くほど統一性があり、また音楽的質も高い。ミルザー・ガーリブの詩を歌った「Dil-e-Nadaan」を主演のアーユシュマーン・クラーナーが歌っている他、ご機嫌なタイトル曲「Hawaizaada」、すがすがしいメロディーの「Daak Ticket」、ワーダリー・ブラザーズの歌うカッワーリー「Teri Dua」など、いい歌が多い。それらが効果的に劇中に使われていなかったので、それもまた溜息の原因となったのだが、音楽だけを取り出して鑑賞すれば、ある程度この映画にも微笑みを見せたくなる。

 「Hawaizaada」は、19世紀末に無人飛行を成功させたと言われるシヴカル・バープージー・タルパデーの緩やかな伝記映画だ。そういう人物がいたということを知れただけでも収穫だが、逆に言えばほとんどそれしか収穫がない。それほど映画の出来は悪い。ただ、音楽だけは素晴らしいので、サントラCDを買って楽しむだけでもいいだろう。

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