Karwaan

多様な自然と文化を誇るインドは旅をしてこその国であり、ブッダの時代から多くの旅人たちに旅され、愛されて来た。インド映画界も自国のそんな魅力を存分に活用して来ており、風光明媚な光景で撮影を行ったり、旅情あふれる作品を生み出したりして来た。2018年8月3日公開のヒンディー語映画「Karwaan」も、そんな1本である。




 監督は新人のアーカーシュ・クラーナー。プロデューサーは業界の有力者ロニー・スクリューワーラーである。主演は2020年に死去したイルファーン・カーン、マラヤーラム語映画界で主に活躍するドゥルカル・サルマーン、ミティラー・パールカルなど。クラーナー監督自身もカメオ出演している。題名の「Karwaan」とは、「キャラバン」の語源となった言葉で、「旅人の隊列」などを意味する。

 ベンガルールのIT企業で働くアヴィナーシュ(ドゥルカル・サルマーン)は、かつて写真家になることを夢見ていたが、父親(アーカーシュ・クラーナー)の反対に遭って断念した過去を持っていた。その父親がバスの交通事故で死んだと知らせを受ける。父親の遺体はベンガルール空港に届けられたはずだったが、運送会社の手違いにより、棺桶には違う年配女性の遺体が入っていた。父親の遺体はケーララ州コチに住む、年配女性の娘ターヒラーの元に届けられていた。アヴィナーシュは、親友のシャウカト(イルファーン・カーン)と共に、ヴァンに乗って、女性の遺体と父親の遺体を交換しに行く。

 途中、彼らはウーティーに寄って、ターヒラーの娘ターニヤー(ミティラー・パールカル)をヴァンに乗せる。彼らは、同じく誤送された遺品を届けにコッタヤムに立ち寄る。そこでシャウカトのヴァンは借金取りの手下に奪われ破壊されてしまうが、ナノに乗り換えてコチを目指す。そこでターヒラーから歓迎を受け、ついでに父親の火葬も執り行う。こんな物語である。

 遺体の誤送という非日常的な出来事から始まるロードムービーであるが、主人公アヴィナーシュにとって、この小旅行は人生を変える体験となる。アヴィナーシュは父親とうまく行っておらず、彼の死についても特別な感情は抱かなかった。だが、シャウカトやターニヤーと共に南インドを旅行し、彼らも父親にそれぞれの思いを抱えていることを知って、次第に彼の心は融解して行く。コチに着き、父親の遺品を受け取ると、そこには父親が書いた手紙もあった。そこでは、息子に写真家の道を諦めさせたことへの後悔が綴られていた。アヴィナーシュは父親の内なる感情を初めて知り、彼の死後にようやく父親に少しだけ歩み寄ることができた。ベンガルールに帰った彼は、IT企業を辞し、写真家として夢を追い始める。

 アヴィナーシュが地に足の着いていない人生を送っており、シャウカトも父親の作った借金に追われて大手を奮って歩けない生活をする中で、「Karwaan」に登場する女性たちはそれぞれ自立し、頼りない男性たちを導く役割を果たしていた。特にターニヤーは、18歳ながら既に達観しており、アヴィナーシュの人生を前向きにするのに大きく貢献する。ターニヤーがいなければ、アヴィナーシュは大学時代の(おそらく)恋人、ルーマーナーと偶然の再会を果たせなかっただろう。

 ヒンディー語映画であるにもかかわらず、南インドが舞台になっている点は目新しかった。アヴィナーシュはカルナータカ州ベンガルールに住んでいるが、ヒンディー語話者である。カルナータカ州の州公用語カンナダ語は理解するが、お隣のケーララ州の州公用語マラヤーラム語は全く理解しない。また、コチでホテルを経営する母親を持ち、タミル・ナードゥ州ウーティーの大学に通うターニヤーは、ヒンディー語は話すがマラヤーラム語は話せなかった。このような言語プロフィールは外国人には奇異に映るかもしれないが、インドの現実である。

 ちなみに、Google Mapによれば、ベンガルールからコチまで自動車で移動すると約12時間掛かる。カルナータカ州からタミル・ナードゥ州を抜けてケーララ州へ行くルートとなる。

 「Karwaan」は、遺体を交換するためにベンガルールからコチまでヴァンで旅する男女の物語である。その旅の中で主人公アヴィナーシュは成長し、死んだ父親との関係を修復した上で、写真家の夢を叶えるために前進する勇気も手にする。イルファーン・カーンをはじめとした俳優たちの演技も素晴らしく、気軽に楽しめる映画に仕上がっている。

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