Lingaa

ジニーカーントと言えば、「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995年)に主演し、日本に一時的なインド映画ブームを巻き起こした張本人だ。彼の年齢は既に60歳を優に越えているが、未だにタミル語映画界の現役スーパースターである。ただ、出る映画、出る映画、常に大ヒットというまでの神通力を持っている訳でもなく、たまに外している。

 2014年12月12日、ラジニーカーントの誕生日に公開された「Lingaa」も、ラジニーカーント主演作の中では失敗に終わった作品に数えられる。興行的には「アベレージ以上」の評価となっているが、ラジニーカーント映画を巡る権利は高額で取引されるため、その程度の興行成績では赤字になってしまったようだ。

Lingaa

 

 「Lingaa」は基本的にタミル語映画だが、テルグ語とヒンディー語の吹替版も用意されている。僕が観たのはヒンディー語版のDVDだ。しかし、上映時間が142分のみで、劇場上映版に比べて30分以上短い。おそらく不必要なシーンがカットされた短縮バージョンなのではないかと思う。また、台詞の微妙なニュアンスもタミル語からヒンディー語に訳されることで変わっている可能性がある。よって、今回書くあらすじや解説は参考程度にしかならないだろう。

 「Lingaa」の主演は前述の通りタミル語映画界のスーパースター、ラジニーカーント。今回も「スーパースター・ラジニー」のお約束映像が流れた。ヒロインは2人いる。1人目はテルグ語映画を中心に活躍するアヌシュカー・シェッティー、もう1人はヒンディー語映画界でお馴染みのソーナークシー・スィナーである。他にジャガパティ・バーブー、Kヴィシュヴァナート、デーヴ・ギル、ブラフマナンダン、ラーダー・ラヴィなどが出演している。

 「Lingaa」の監督はKSラヴィクマール。「ムトゥ 踊るマハラジャ」の監督だ。彼は劇中でカメオ出演もしている。音楽はARレヘマーン、ヒンディー語版の歌詞はグルザールが書いている。ちなみに「Lingaa」とは、男根を表したご神体シヴァリンガと、主人公の名前の両方を表している。

あらすじ

 タミル・ナードゥ州のソーライユール村は巨大なダムがもたらす水資源で栄えていた村だった。今回、このダムの耐用年数が検査されることになる。しかし、検査官が夜中に鹿の角に刺されて死ぬという不可解な事件が起きる。村長のカルナカラ(Kヴィシュヴァナート)は夢の中で、ダムの近くに建つシヴァ寺院を開けるようにとのお告げを受ける。この寺院は75年以上閉ざされたままだった。ただ、誰でも寺院を開けていい訳ではなかった。ダムも寺院も、75年前にこの地域を治めていた王、ラージャー・リンゲーシュワラン(ラジニーカーント)が建てたもので、リンゲーシュワランの末裔でなければ寺院の扉を開けることは許されなかった。しかし、シンゲーシュワランの息子は既に死んでおり、孫はどこにいるか分からなかった。そこでソーライユール村出身の女性ジャーナリスト、ラクシュミー(アヌシュカー・シェッティー)が探すことになる。

 ラージャー・リンゲーシュワランの孫、Kリンゲーシュワラン、通称リンガー(ラジニーカーント)は泥棒に成り下がっていた。ラクシュミーはリンガーを留置所で見つけて釈放させ、彼をソーライユール村まで連れて来る。ソーライユール村でリンガーは地元選出の国会議員ナーガブーシャン(ジャガパティ・バーブー)や村人たちから大歓迎を受ける。もちろん、泥棒であることは秘密だった。

 リンガーはシヴァ寺院で祀られているシヴァリンガが宝石でできていることを知り、真夜中こっそり寺院に忍び込む。ところがダムの警備員に見つかってしまい、村人たちに取り囲まれてしまう。咄嗟の機転でリンガーはシヴァリンガのプージャー(祭祀)をし出す。この日はちょうどシヴァラートリ祭の日であり、村人たちはリンガーが最適の日に寺院を開けたと考える。カルナカラ村長は、ソーライユール村のダムとシヴァ寺院について語り出す。

 75年前、まだインドが英国の植民地だったとき。村は渇水と洪水に悩まされていた。視察に訪れたインド人徴税官リンゲーシュワラムは、村の窮乏を知り、ダムの建設を約束する。ところが英国人官僚ローレンス・ハンターに反対される。そこでリンゲーシュワラムは徴税官を辞任し、自らダム建設に乗り出す。実はリンゲーシュワラムはこの地域の王であり、それだけの財力を持っていた。リンゲーシュワラムはダムによって水没する地域に土地を持つ村人たちに別の土地を用意し、全ての人が恩恵を得られるように配慮する。村人たちの合意が得られた後で、ダム建設を開始する。

 ハンターは何としてでもダム建設を止めようとし、策略を巡らす。水没地域に土地を持つ村人たちに用意した土地を政府が強制的に買い上げ、それを市価の100倍の価格でリンゲーシュワラムに売却すると言い出す。リンゲーシュワラムは全財産をなげうってその土地を買う。だが、ハンターはその契約を反故にする。ダム完成後、水没地域に土地を持つ村人たちは新たな土地が得られないことを知り、リンゲーシュワラムを取り囲む。リンゲーシュワラムは何も反論せず、村を去って行く。リンゲーシュワラムの補佐を務め、彼に恋心を抱いていた村娘バーラティー(ソーナークシー・スィナー)も彼を追って村を去る。

 後にリンゲーシュワラムの方が正しかったことを知り、村人たちは彼を探す。ようやく探し出したリンゲーシュワラムはバーラティーと共に食堂を経営しており、村に帰ることを拒否する。そこで村人たちはシヴァ寺院を閉ざし、リンゲーシュワラムかその子孫でなければ扉を開けないという誓いを立てる。これがダムと寺院の由来であった。

 このダムは長年の使用に耐えうる設計となっていた。ところがナーガブーシャン議員はこのダムを爆破し、再建費用のキックバックで私腹を肥やそうとしていた。そのために検査官を暗殺し、自分の息のかかった検査官を新たに呼んだ。この計画はリンガーとラクシュミーの活躍によって予め発覚していた。リンガーは、殺された検査官がダムの耐用年数がまだ十分あることを示す書類を作成していたことを暴露する。ナーガブーシャンはラクシュミーを人質に取って逃げようとするが、リンガーは追い掛け、ナーガブーシャンを殺す。

 こうして村の危機を救ったリンガーは、ラクシュミーを連れて村を去って行く。祖父に見劣りしない偉業を成し遂げたら再び帰って来ることを約束して・・・。

解説

 「ムトゥ 踊るマハラジャ」以来、KSラヴィクマールとラジニーカーントが初めてタッグを組んだ作品とのことで期待が高かったのだが、「ムトゥ」の成功を再現するような娯楽作品には仕上がっていなかった。祖父と子にまたがる過去・現在2つの話を中心に展開し、ダム建設という斬新なテーマを選びながら、細部を煮詰めることに失敗していたために、緊迫感に欠ける物語となってしまっていた。ラジニーカーントがいたからこそ何とかまとまっていたが、そうでなかったら単なる失敗作に終わっていただろう。

 「Lingaa」のメッセージとして重要なのは、過去の話の方だ。マハーラージャーが私財をなげうってダムを建設するという、普通に考えたらあり得ない展開だが、そこからは現代に通じるいくつかのメッセージが読み取れた。

 まず、ラージャー・リンゲーシュワランが、ダム建設によって水没する地域に土地を持つ農民たちに代替の土地を与え、さらに、元の土地を高額で買い取るという提案をしたシーンがあった。これは、インドの国会で審議されている土地接収法を念頭に置いたものであろう。開発と発展のためには土地接収は不可欠である。空港を造るにしてもハイウェイを造るにしても、そこに土地を持つ人々から土地を買い上げなければならない。だが、今までインドでは英領時代の1894年に制定された土地接収法に従って土地接収が行われており、土地所有者たちに十分な補償がなされていなかった。そこで2013年に新しい土地接収法が制定され、2014年1月1日から施行された訳だが、既に改正案が審議されており、与野党の間で大きな争点となっている。「Lingaa」が作られているときにちょうどこの話題が持ち上がっていたはずであり、ストーリーに影響を与えたとしてもおかしくない。ただ、「Lingaa」における土地接収の仕方は非現実的かつ理想主義的すぎ、地に足の付いたメッセージにはなっていない。おかげで単なる娯楽映画に留まっている。

 ダム建設が決まると、村人たちが力を合わせてダムの工事をする。だが、それを面白く思わない勢力があり、数々の邪魔をする。邪魔のひとつに利用されたのが「カースト」であった。村人たちはダム建設のためにカーストの別を忘れて共に働き共に食事をしていたが、一旦カーストの火種が投げ込まれると、たちまち各カーストに分かれて争いを始める。それを収めたのがラージャー・リンゲーシュワランが放った「我々はインド人だ」という言葉だった。これもあまりに短絡的な展開であったが、カーストを越えて力を合わせることの大切さが説かれていたと受け止めていいだろう。

 また、「Lingaa」は、アンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動や庶民党(AAP)ブームに乗った作品のひとつでもあった。ヒロインのラクシュミーは、隠しカメラによって警察や政治家の汚職を暴くスティング・オペレーションをしていた。これは、「庶民が汚職を撲滅する」という最近のインドの世相を反映した設定だと言える。

 作曲はインド映画界が誇る最高の音楽家ARレヘマーンが担当しており、普通だったら素晴らしいものになるはずだが、映画の質の低さは音楽にまで及んでおり、彼の作曲とは思えないほど凡庸な曲が並んでいた。南インド映画特有の、脈絡のないダンスシーンへの入り方も目立ち、ストーリーとの連続性を破壊していた。

 主なロケ地はカルナータカ州のマイスール(旧名マイソール)やハンピーである。マハーラージャーの宮殿など、セットではなく本物が使われており、この点では迫力があった。マハーラージャーとなったラジニーカーントが本物のマハーラージャーの宮殿で踊りを踊っていたので、これぞ本物の「踊るマハラジャ」だと感じた。

 「Lingaa」は、日本で大ヒットした「ムトゥ 踊るマハラジャ」のKSラヴィクマール監督とラジニーカーントが再びタッグを組んだ作品だったが、大味な作りで期待されたほどの成功は収められなかった。確かにストーリーはとても弱く、見所に欠ける。ラジニーカーントのファンでなければ見逃してもいい映画だ。

Print Friendly

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です