Mardaani

2012年12月にデリーで発生した集団暴行事件、いわゆるニルバヤー事件は、デリー及びインドの女性安全問題の決定的なターニング・ポイントとなった。それ以降も強姦事件や女性に対する暴行事件はなくならなかったのだが、法律の改正による「強姦」定義の拡大や厳罰化、裁判の迅速化、女性向けヘルプラインの開設など、様々な施策が矢継ぎ早に出されたし、女性側の意識も変わり、被害女性が泣き寝入りすることなく果敢に被害届を出すようになった。従来、「犠牲者(victim)」と呼ばれていた彼女たちは、この事件以降、「生存者(survivor)」と、より肯定的かつ能動的に表現されるようになったのも大きな変化である。

 そんな社会の動きと軌を一にする形で、ヒンディー語映画も強いヒロイン像を好んで表出するようになった。ニルバヤー事件以前からその傾向はあったのだが、事件以降、より顕著になった。ヒーローに守ってもらうか弱いヒロインではなく、自立し行動するヒロイン。いや、むしろヒロインという言葉も時代遅れとなりつつあるかもしれない。女性がヒーローになりつつあるのである。

 2014年は、そんな女性ヒーロー映画で溢れていた。「Dedh Ishqiya」、「Queen」、「Revolver Rani」、「Bobby Jasoos」、「Mary Kom」、「Daawat-e-Ishq」などである。2014年8月22日に公開された「Mardaani」は、その中でも特に強い女性を前面に押し出した映画である。何しろ題名は「男らしい」という形容詞の女性形であり、つまり「男らしい女」もしくは「女の男らしさ」と言った意味になる。ムンバイー警察犯罪部の女性警官を主人公にした、実話に基づく硬派なスリラー映画である。

Mardaani

 

 「Mardaani」の監督はプラディープ・サルカール。過去に「Parineeta」(2005年)や「Lafangey Parindey」(2010年)などを監督している。プロデューサーはアーディティヤ・チョープラー。主演を務めるのはラーニー・ムカルジー。他に新人のターヒル・ラージ・バスィーン、ベンガリー語映画男優ジーシュ・セーングプター、アナント・ヴィダート、アヴニート・カウル、モーナー・アンベーガーオンカル、アニル・ジョージなど。

あらすじ

 ムンバイー警察犯罪部の女性敏腕警官シヴァーニー・シヴァージー・ロイ(ラーニー・ムカルジー)は、実の娘のように可愛がっていた孤児の女の子ピャーリーが行方不明になったことを知り、捜索に乗り出す。ピャーリーは人身売買マフィアに誘拐された疑いがあった。調べて行く中で、自動車ディーラー、カティヤール(アナント・ヴィダート)が捜査線上に浮上する。シヴァーニーはカティヤールを逮捕して尋問を行うが、彼は口を割らなかった。一方、マフィアの方もシヴァーニーが捜査していることを知り、シヴァーニーに電話をして捜査の中止を求め、それが却下されると、彼女の夫で医師のビクラム(ジシュ・セーングプター)にセクハラの濡れ衣を着せて社会的に抹殺しようとする。突然、身に覚えのない罪で社会的制裁を加えられたビクラムは放心状態となってしまう。また、マフィアはピャーリーの指を一本切り落とし、シヴァーニーに送りつける。

 一方、人身売買マフィアは、警察への情報提供者となる怖れのあるカティヤールを殺そうとする。ところがシヴァーニーはカティヤールを張っており、彼を刺客から救う。カティヤールはマフィアについて重要な情報をシヴァーニーに提供する。彼に直接指示を与えていたのはワキール(アニル・ジョージ)と呼ばれる男で、デリーに住んでいた。ピャーリーも誘拐された他の女の子たちと共にデリーにいる可能性があった。早速シヴァーニーはカティヤールを連れてデリーに向かう。

 ワキールのマフィアは主に売春婦向けの人身売買と麻薬の密売を生業としていた。マフィアの方はシヴァーニーがピャーリーを探していることを知っており、人身売買ルートでは察知される怖れがあった。そこでシヴァーニーは麻薬のルートからワキールに辿り着こうとする。アフリカ人麻薬密売人を抱き込んで地元麻薬ディーラー、ボビーに接触し、そこからワキールとの面会を取り付ける。しかし、このマフィアの真の黒幕はカラン・ラストーギー(ターヒル・ラージ・バスィーン)という青年だった。ワキールは逮捕される前に自殺し、カランはシヴァーニーの急襲前に逃げ出す。

 これまでシヴァーニーはデリー警察の助けを借りて捜査をしていたが、ワキールの自殺により、捜査は終了となった。それでもシヴァーニーは単独で捜査を続ける。ワキールの遺品から彼が足繁く通っていた仕立屋を割り出し、そこでワキールと親しかった女性がいることを知る。彼女の名前はミーヌー(モーナー・アンベーガーオンカル)と言った。シヴァーニーはミーヌーの家を訪ねる。ところがミーヌーこそが、マフィアの黒幕カランの母親であった。シヴァーニーは睡眠薬を飲まされて気を失い、捕まってしまう。

 シヴァーニーはピャーリーと再会するが、お互い囚われの身であった。カランはデリーのVIP向けに、誘拐した少女たちをホステスにした秘密のパーティーを開いており、シヴァーニーを殺す前に目玉商品として提供することにした。彼女を宛がわれたのは大臣だった。しかしシヴァーニーは武器を隠し持っており、逆に大臣を人質に取って、カランを連れながら誘拐された少女たちと共に逃げる。そしてカランと一対一の肉弾戦をし、彼を動けなくする。後は少女たちの裁きに任せた。また、シヴァーニーは警察を呼んでおり、彼女が去ると同時に警察の急襲があった。こうしてシヴァーニーはピャーリーを助け出すことに成功する。

解説

 インドでは毎年4万人の子供が人身売買の被害に遭っており、8分ごとに1人の少女が誘拐されているとされている。そのハブはデリーにあり、そこから世界中に少女たちが性的目的で売り払われて行くと言う。「Mardaani」は、ムンバイー在住の女性警官がデリーの人身売買ビジネスの闇に踏み込み、最終的には壊滅させる物語である。インド映画の定番である踊りは一切なく、かなりリアリスティックに問題を取り上げ、硬派なスリラーにまとめている。中にはかなりグロテスクなシーンもある。主人公のシヴァーニーが人身売買の網の中から助けようとしていた少女ピャーリーは売春婦にさせられてしまうし、シヴァーニーの捜査を妨害するために、彼女の小指は切り落とされてしまう。通常の娯楽映画ならば、このような被害に遭う前に助け出され、観客の心を必要以上に重くさせないのだが、プラディープ・サルカール監督はそんな甘ったれた夢物語には関心がないようで、重い現実をこれでもかと観客に突き付ける。

 ただ、この映画からは別のメッセージを読み取ることができた。それは女性の自衛と行動の必要性である。この映画のように、人身売買マフィアに誘拐されたら、いかに空手有段者の女性でも単身立ち向かうことは困難であろうが、インドの女性がより日常的に直面しているのは、マフィアによる犯罪よりも、一般の男性からの、痴漢から強姦に至るまでの性的な被害である。ラストシーンで悪役カランが、売春婦にさせられた少女たちから足蹴にされて無残に殺されるシーンは、むしろ今まで泣き寝入りしていた性犯罪被害女性たちの蜂起の意味合いが強かった。また、女性のヒーローが彼女たちを救うという筋書きにより、父親、兄弟、夫の助けを待つのではなく、女性の問題は女性自身が力を付けて解決して行かなければならないことが示されていた。

 主人公シヴァーニーは、イスラエルのマーシャルアーツ、クラヴ・マガの使い手という設定であった。シヴァーニーを演じたラーニー・ムカルジーは小柄な女優であり、一見するとこのような「女性ヒーロー映画」には向かないように感じる。今まで彼女が演じて来た役も清純派ヒロイン路線中心だ。本当はプリヤンカー・チョープラーやディーピカー・パードゥコーン辺りが向いていた役だと思う。だが、ラーニーのような小柄な女優を敢えて起用し、スタントに頼らない彼女自身のアクションを見せつけることによって、護身のテクニックさえ身に付ければ、腕力とは関係なく、暴漢に立ち向かうことができると提示されていた。

 「Mardaani」は何と言ってもラーニーの演技に尽きる。ラーニーは2005年辺りをピークとして非常に多くの作品に出演するトップランクの女優で、演技力も飛び抜けていたが、徐々に出演作が減って行き、近年は1年に1本ほどの映画に出演するに留まっていた。しかしながら、この映画で新境地を開き、再びプレゼンスを見せつけたと言える。特にインターミッション前のシーンは絶品であった。カランからの電話に対し、30日以内に必ずピャーリーを助け出すと誓う場面だが、そのときに見せた強い決意の表情と、右目から流れる一筋の涙の対比は、限られた俳優にしかできない名演だ。2014年にはプロデューサーのアーディティヤ・チョープラーと結婚しているが、この映画は夫からの最大のプレゼントだと言える。

 ベテラン女優のラーニーに対して、悪役はターヒル・ラージ・バスィーンという新人の若い男優である。これも一見するとアンバランスに思えた。だが、蓋を開けてみるとターヒルの悪役振りはこれまた新境地を開く種類のもので、映画をより面白くしていた。普通、このようなアンダーワールドのビジネスを取り仕切るのはある程度年配の人間だ。だが、今の世の中、20代そこそこの若者が起業して成功を収めることは珍しくなく、アンダーワールドにおいても「青年起業家」がいておかしくはない。ターヒルが演じたカランの狂気じみた演技は、現代的な新しい悪役像を提示できていたと感じた。

 シヴァーニーとカランはどちらも個性の強いキャラであったが、それとは対照的に非常に弱かったキャラが、シヴァーニーの夫ビクラムである。ベンガル語映画の人気男優ジーシュ・セーングプターが演じていたが、ビクラムはシヴァーニーと比べて何とも気弱な男性であった。ちょっとした事件によりふさぎ込んでしまう精神的脆さも露呈していた。男性が主人公の映画において、その妻の内助の功がクローズアップされることはあるが、女性が主人公の映画において夫がこう弱くなってしまうのは、ステレオタイプの一種であろうか。DVDの特典として収録されていたカット映像では、このビクラムが落ち込んでいるシーンがさらにあり、驚いた。元々の脚本では、さらにビクラムの弱さが強調されていたようだ。これらをカットしたのは正解だったが、「女性ヒーロー映画」における夫の扱いは今後課題となって行くように思える。

  この映画で特に感心したのは言葉の使い方である。舞台はムンバイーとデリーであり、デリーが登場するのは後半になってからだ。前半では、悪役のワキールやカランがどこにいるのかはっきりと示されておらず、サスペンスのひとつとなっていた。誘拐されたピャーリーがラージャスターン州を通過したことから北インドのどこかであることが予想できただけだ。だが、彼らの使う言葉遣いで何となくデリーっぽさが暗示されていた。同じヒンディー語でも、デリーとムンバイーではかなりトーンが異なり、慣れて来ると聞き分けることができるようになる。

 「Mardaani」は、女性主人公の映画が脚光を浴びた2014年の世相をよく反映したスリラー映画だ。人身売買&麻薬密売マフィアに立ち向かう強靱な女性警官の物語だが、そのメッセージはむしろ、ニルバヤー事件などの女性に対する暴行事件と強くリンクしている。ダークな映画ではあるが、興行的にヒットとなっており、観客の受けは良かったようだ。そしてラーニーの久々の名演も見所である。2014年を代表する一本と言っていいだろう。

Print Friendly

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です