Mardaani 2

21世紀のヒンディー語映画の大きな変化は、スクリーンの内外で女性のプレゼンスが急速に上がって行ったことである。女性が主人公および女優が中心の映画が作られ始め、興行的にも成功する作品が出始めた。女性監督の数が増えただけでなく、娯楽映画を撮れる女性監督も多数登場した。女性のプロデューサーや音楽監督ももはや珍しくない。むしろ、そういう映画が増えすぎてしまったくらいである。ラーニー・ムカルジー主演、女性警官が主人公のクライム映画「Mardaani」(2014年)も、そんな時代の潮流に乗って登場した映画で、高い評価を受けた。その続編として作られたのが、2019年12月13日公開の「Mardaani 2」である。




 監督はゴーピー・プタラン。前作で脚本を担当していた人物で、「Mardaani 2」が監督デビュー作となる。主演は前作と変わらずラーニー・ムカルジー。新人のヴィシャール・ジェートワーが悪役を演じる他、多数のキャストがいるが、ほぼラーニーとヴィシャールの映画となっている。前作でシヴァーニーの夫を演じたジシュ・セーングプターも少しだけ出演している。プロデューサーは、ラーニーの夫アーディティヤ・チョープラーである。

 舞台はコーター。ムンバイーからコーターに転属されたシヴァーニー警視(ラーニー・ムカルジー)は、女性の連続殺人事件を追うことになる。犯人はサニー(ヴィシャール・ジェートワー)という若者で、地元悪徳政治家パンディトから委託されたジャーナリスト暗殺を遂行する傍ら、男性に刃向かう女性を好んで誘拐し、殺していた。シヴァーニーがテレビで犯人を挑発したことで、サニーはシヴァーニーに粘着するようになり、シヴァーニーの家に侵入したり、警察署まで入り込んだりと、大胆な行動に出始める。シヴァーニーは、一度はサニーを捕まえそうになるが逃げられてしまう。サニーも反撃に出て、パンディトの孫娘を誘拐し、シヴァーニーに謝罪を要求する。シヴァーニーは何とか孫娘を助けるが、一連の事件の責任を負わされて、再度転勤となる。だが、転勤の前にサニーを捕まえようと、捜査を急ぐ。こんな物語である。

 筋は非常に明快である。頭脳明晰で度胸のある女性警官と、若くてサイコな殺人鬼兼レイプ犯との戦いであり、一進一退が続く。サニーは承認欲求の強い犯罪者で、レイプや殺人を楽しむ上に、それを顕示する癖があった。だが、見た目が若く、一見すると殺人鬼に見えないため、シヴァーニーも当初は彼の正体を見抜けない。その内、シヴァーニーもサニーこそが犯人であると気づき、2人はガチンコで勝負することになる。

 だが、この映画のメインテーマは、女性に対する偏見との戦いである。サニー自身が女性蔑視の権化であり、彼がターゲットにするのも、男性に立ち向かう性格の勝ち気な女性ばかりであった。だが、映画中で女性を差別するのはサニーばかりではなかった。シヴァーニーの職場にも、女性から指図を受けるのを面白く思わない警官がいた。世間がシヴァーニーを見る目も、「警官」ではなく「女性警官」であり、能力よりもまずは外見が取り沙汰され、何かミスがあると、女性警官は男性警官に劣るという色眼鏡で見られた。

 女性に対する偏見を打ち破ろうとする映画ではあったが、その一方で、「女性ならでは」を強調する映画でもあった。シヴァーニーが部下たちを気遣う様子は、正に「女性ならではの気遣い」であるし、彼女が犯人の行動や特徴を推測する様子は、頭の回転が速いというよりも直感が鋭いという種類のもので、これも「女性の勘」を思わせた。女性の優位性みたいなものが明示されていた訳ではないが、女性への偏見のリバウンドが過ぎていて、バランスを欠いていたようにも感じた。

 ヤシュラージ・フィルムスは、インド映画を代表する娯楽映画プロダクションで、歌と踊りに満ちた娯楽映画を得意とする。だが、「Mardaani」シリーズは硬派な警官映画を持ち味としており、ヤシュラージらしくない。ラーニーを「強い女性」の代表として演出しようとするアーディティヤ・チョープラーの意気込みを感じる。

 「Mardaani 2」は、ラーニー・ムカルジー主演の女性警官映画シリーズ第2弾。既に3作目の製作も決まっており、息の長いシリーズになりそうだ。今回は、女性に対する偏見や犯罪を取り上げ、女性警官の活躍によってそれが解決されるまでを描いている。

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