Mission Mangal

インド宇宙研究機関(ISRO)は2014年9月24日に火星探査機マンガルヤーンを火星の軌道に投入することに成功した。探査機の火星軌道投入成功はロスコスモス(旧ソ連、ロシア)、NASA(米国)、欧州宇宙機関(EU)に次いで4ヶ国目で、アジアでは初となる。また、最初の試みで火星探査を成功させたのはインドが初めてであった。この偉業を成し遂げた科学者たちにスポットライトを当てたヒンディー語映画が「Mission Mangal」である。インドでは2019年8月15日に公開された。日本では、「ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画」の邦題と共に2021年1月8日から劇場一般公開されている。




 監督はジャガン・シャクティ。「Padman」(2018年)などで助監督を務めていた人物で、Rバールキーの弟子と言える。監督は今回が初めてである。主演はアクシャイ・クマールだが、多数の女性キャストに注目したい。ヴィディヤー・バーラン、タープスィー・パンヌー、ニティヤー・メーナン、キールティ・クルハーリー、そしてソーナークシー・スィナーである。他に、ヴィクラム・ゴーカレー、シャルマン・ジョーシー、HGダッタートレーヤ、ダリープ・ターヒル、サンジャイ・カプール、ムハンマド・ズィーシャーン・アーユーブ、プーラブ・コーリーなどが出演している。

 物語は2010年12月25日のGSLV打ち上げ失敗から始まる。GSLVとは静止軌道衛星打ち上げロケットのことで、火星まで衛星を運ぶ能力を持っている。だが、ISROは打ち上げに失敗してしまう。責任者のラーケーシュ・ダワン(アクシャイ・クマール)はGSLV開発計画から外され、代わりに火星探査計画の担当となる。火星探査はGSLVがなければ実現不可能であり、言ってみれば左遷であった。ラーケーシュの代わりにNASAからインド人科学者ルパート・デーサーイー(ダリープ・ターヒル)が招聘され、GSLV開発計画の責任者となった。

 ラーケーシュと同じくGSLV開発計画から外され、火星探査計画に加わったターラー(ヴィディヤー・バーラン)は、PSLVでも火星へ行けると思い付く。PSLVは極軌道打ち上げロケットのことで、2008年10月22日にISROはPSLVを使った月探査衛星の投入に成功していた。だが、PSLVは軽量のロケットで、一見すると火星まで到達可能な量の燃料を搭載できそうになかった。ターラーは、燃料を節約しながら遠心力を使って地球の重力圏を脱する方法を思い付いたのである。ラーケーシュもそれに乗り、火星探査計画は動き出した。

 だが、担当者として配備されてきたのは、経験の浅い女性たちばかりであった。航行専門家のクリティカー(タープスィー・パンヌー)、衛星技術者のヴァルシャー(ニティヤー・メーナン)、宇宙船自律システム設計者のネーハー(キールティ・クルハーリー)、推進制御専門家のエーカー(ソーナークシー・スィナー)である。他に、荷重専門家のパルメーシュワル(シャルマン・ジョーシー)や構造技術者のアナント(HGダッタートレーヤ)などの若干名の男性科学者たちも加わっていたが、頼りなさそうであった。

 火星探査計画に加わった女性たちは、経験不足である上に、それぞれ何らかの問題を抱えていた。ターラーは夫からISROを辞めて2人の子どもたちの面倒を見るように事あるごとに言われており、仕事と家庭の両立に悩んでいた。クリティカーの夫は軍人で、負傷のため入院していた。ヴァルシャーは夫との間に子どもがおらず、義母から当てこすりを受けていた。ネーハーは離婚しており、イスラーム教徒の女性が都会で一人で暮らす苦労に直面していた。エーカーはNASAへの転職を夢見ており、ISROの仕事に身が入っていなかった。

 一時、火星探査計画は予算が付かずに解散となるが、ターラーの機転で予算が宛がわれ、チームは再結集した。限られた予算内で結果を出すため、主婦的な節約術も活かしながら、様々なアイデアを盛り込む。ようやく完成した「マンガルヤーン」は、悪天候による打ち上げ順延があったものの、2013年11月5日、成功裏に打ち上げられた。地球の重力圏も抜け、太陽風に乗ってスピードを早め、2014年9月24日に火星の軌道に乗って、火星の地表の鮮明な画像が送られて来た。火星探査成功はインドの国威発揚に大いに貢献し、ラーケーシュら科学者たちは国の英雄となった。

 以上のように、宇宙科学者たちのサクセスストーリーであるが、そのチームは女性が多数を占めており、それぞれに家庭を抱えている。彼女たちが仕事と家庭の両立をしながら、偉業の一員となるまでを追っており、家庭ドラマの要素も持っているところが、面白かった。女性科学者たちの夫はそれぞれであった。ターラーの夫は彼女の仕事に理解がなかった一方、クリティカーの夫は彼女の仕事を国防に劣っていないと激励する。ヴァルシャーは出産・育児をしながらチームに貢献した。人口の半分を占める女性たちがその才能を活かし、国に貢献すれば、インドは「世界初」の偉業をいくらでも成し遂げることができると、声高らかに宣言する愛国映画かつフェミニズム映画であった。

 劇中ではインドの「ロケットの父」APJアブドゥル・カラーム元大統領が何度も持ち出されていたが、彼は、その功績と飾らない性格から、今でも国民からもっとも愛されている大統領である。2003年2月1日のコロンビア号空中分解事故で死亡したインド系米国人女性宇宙飛行士カルパナー・チャーウラーも追悼されていた。そればかりでなく、映画の最後では、インドが誇る宇宙科学者たちの偉業が称えられており、彼らの積み重ねによって、現在のインドの科学立国としての躍進があることが伝えられていた。そこでは、火星探査計画チームの面々も紹介されていた。「Mission Mangal」は事実に基づくフィクションなのだが、実際にチームには女性科学者が多かったようである。

 火星探査計画チームの立ち上がりから、あれこれ工夫をして計画を実現に近づけて行くプロセスは、丁寧に描かれていた。ヒンディー語には、あり合わせのもので何とかするという意味の「ジュガール」という言葉があるが、正にジュガールで火星探査機と打ち上げロケットを作り上げてしまっていた。これは、映画を盛り上げるための脚色ではなく、実際にマンガルヤーンは工夫の賜物だったようだ。

 だが、マンガルヤーンが飛び立ってからの展開は急ぎ足だった。宇宙探査なので、次のステップに進むまでに何日、何ヶ月も掛かるのは仕方がない。それを流れ作業のように一瞬の内に見せてしまっていたのには、映画という媒体の限界を感じた。これがドラマであったら、火星探査機の進行と、科学者たちの人間ドラマを交互に描きながら、じっくりと追うことができたかもしれない。結果が分かっているのも、サスペンス性を欠いた。これも、事実に基づく映画の限界であろう。

 ちなみに、ISROがロケットを打ち上げるのは、オリシャー州南部のシュリーハリーコーターである。劇中では、ISROの所在するベンガルールでロケットが打ち上げられているかのような印象を受けるが、実際には全く異なる場所で打ち上げが行われており、長雨によって打ち上げが延期になるシーンなどでは違和感を感じた。

 インドでは偶数よりも奇数の方が吉祥とされる。ロケット発射時にヒンドゥー教のパンディト(僧侶)が儀式を行っているのは興味深かったが、さらに興味を引かれたのは、カウントを100ではなく101から始めるべき、という下りである。100カウントをしたGSLVは失敗に終わり、101カウントをしたマンガルヤーンは打ち上げ成功したのだった。

 本筋とはあまり関係ないのだが、ターラーの息子がARレヘマーンに憧れてイスラーム教への改宗を望んでいるというエピソードは特筆すべきだ。ARレヘマーンは今や世界的な音楽家で、「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)でアカデミー賞作曲賞を受賞している。彼は元々ディリープ・クマールという名前のヒンドゥー教徒だったが、母親の影響でスーフィズムに傾倒し、一家でイスラーム教に改宗した。彼の母親はスピリチュアルな人で、ヒンドゥー教、キリスト教、イスラーム教などあまり区別なく信仰していたようであるが、その中でもスーフィズムが最良の道だと判断したようだ。また、「レヘマーン」という名前を提案したのはヒンドゥー教の占星術師だったとされている。インド社会において、ヒンドゥー教徒の女性がイスラーム教徒の男性と結婚して改宗することを問題視する動きがあり、近年はそれが過激化して来ている。ターラーの息子の件はそれに婉曲的に関係するエピソードだと思われる。「自分にとってベストの道を選ぶべき」という結論になっており、肯定とも否定とも言えなかった。

 「Mission Mangal」は、ISROの火星探査機軌道投入成功を背景としながら、科学者たちの人間ドラマを追った作品である。特に女性科学者たちが多く参加しており、彼女たちがそれぞれ仕事と家庭を両立する様子などが描かれていたのがユニークであった。終盤は急ぎ足な印象を受けたが、大部分はよくまとまっており、愛国主義的なテーマも相まって、インドでは大ヒットした。

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