Saaho

インド映画の御三家と言えば、ヒンディー語映画、タミル語映画、テルグ語映画であり、これらの映画はそれぞれ日本でもヒット作を飛ばし、存在感を示してきた。特に「バーフバリ」シリーズで勢いに乗ったテルグ語映画が攻勢に出ており、「バーフバリ」シリーズで主演を演じたプラバースの最新作「Saaho」(2019年)が日本でも2020年3月27日に劇場一般公開となった。インド本国とのこのタイムラグのなさは特筆すべきである。おかしな邦題が付けられることの多いインド映画だが、「Saaho」の邦題は「サーホー」と、シンプルで好ましい。地元のユナイテッドシネマ豊橋18で鑑賞した。



 「Saaho」は基本的にテルグ語映画であるが、ヒンディー語とタミル語の吹替え版が同時にリリースされており、しかもヒンディー語映画界の俳優が多数出演していて、汎インド的な賑わいである。舞台もインド国内外を往き来するが、その中にはヒンディー語映画の本拠地ムンバイーも含まれていて、相当ヒンディー語圏の観客を意識していることが見受けられる。「バーフバリ」シリーズで一躍全国的な手応えを得たテルグ語映画界が打って出た、という感じであろう。

 ただし、見方を変えれば、ヒンディー語映画界が勢いのあるテルグ語映画界を取り込もうとしているとも言える。その証左として、プロデューサー陣の中には、ヒンディー語映画界の大手コングロマリットであるTシリーズのブーシャン・クマールが名を連ねている。

 監督はスジート。「Saaho」が長編2作目という、まだデビューしたての若いテルグ語映画監督である。音楽はヒンディー語映画界で活躍するベテラントリオのシャンカル・エヘサーン・ロイ。主演はテルグ語映画男優プラバースだが、他にヒンディー語映画界からシュラッダー・カプール、ジャッキー・シュロフ、ニール・ニティン・ムケーシュ、チャンキー・パーンデーイ、ムラーリー・シャルマー、マンディラー・ベーディー、マヘーシュ・マーンジュレーカル、ティーヌー・アーナンド、ジャクリーン・フェルナンデス(アイテムガール出演)などが出演しており、ほとんどヒンディー語映画の顔ぶれである。

 「Saaho」は、架空の都市ワージー・シティーを拠点として世界の裏社会を牛耳るロイ財閥の後継者争いを下敷きにし、前頭領が残した巨額の資産を巡って、財閥内の2派閥とムンバイー警察が三つ巴の戦いを繰り広げるクライムアクションである。あらすじについて詳しく触れるのは、特にこの映画については御法度であろう。

 種々の個性的な登場人物が出てくる中、抜きん出た知能と無敵の強さを誇るのが主人公のアショークであり、それを演じるのがプラバースである。一方、シュラッダー・カプール演じるヒロインのアムリターはムンバイー警察の警察官だ。どんでん返しにどんでん返しが重なる、入り組んで緊迫した筋書きに加え、予算の1割弱をつぎ込んだという、「ミッション・インポッシブル」シリーズや「マッド・マックス」シリーズを彷彿とさせるアクションシーンが頻繁に挿入され、観客を飽きさせない。インド映画の特色であるダンスシーンもゴージャスで、娯楽超大作の名をほしいままにしている。インド映画の鑑である。

 3時間に渡る上映時間の中には、正直言って、多少退屈なシーンもあった。特にアショークとアムリターのロマンスシーンは多くの場合、せっかく他の場面で築き上げた緊迫感に水を差す不協和音となっていたと言わざるをえない。最近のヒンディー語映画に慣れすぎると、ダンスシーンの多さも気になった。

 だが、全体として非常に楽しめた。全編を貫く過剰すぎる娯楽要素も、最初から最後まで観客を少しでも楽しませようというホスピタリティーに感じられるほどに、最後にはすんなりと消化できるようになっていた。長年、インド映画の批評をしてきて、細かいことを色々書いてきたが、本当は一番大事なのは、日常の雑事を忘れてスクリーンの中の世界に没頭できるかどうか、映画を観終わった後に心がすっきりと軽くなっているかどうか、である。特に娯楽映画の批評では、この物差しが非常に大切である。その点で「Saaho」は合格だった。

 日本で公開されたのはオリジナルのテルグ語版である。ヒンディー語映画の俳優たちが話すテルグ語の台詞は声優が吹き替えているが、元の声のイメージを大切にしていると思われ、あまり違和感がなかった。台詞のほとんどはテルグ語なのだが、中にはヒンディー語の台詞も含まれていた。これは、南北インドの接点にあたるハイダラーバードを拠点とするテルグ語映画の大きな特徴である。一瞬、なぜか日本語が文字で出て来たシーンもあったが、これは日本市場に対する秋波であろうか。

 「Saaho」は、「バーフバリ」シリーズと同じテルグ語映画の作品であり、「バーフバリ」で主演を演じたプラバースが「バーフバリ」以上に無敵の強さを誇る主人公を演じているクライムアクション映画だ。インド映画の中でもっとも娯楽に全力をつぎ込んでいるテルグ語映画の真骨頂であり、「バーフバリ」で獲得した日本のファンをつなぎ止める役割を十分に果たせる出来である。そして何より、映画館で観るべき作品だ。

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