Sanju

日本で劇場一般公開されたインド映画の中で、品質と興行成績の2点においてもっともバランスよく高評価を得たのは、「きっと、うまくいく」(2009年、原題:3 Idiots)であろう。この作品はインド映画の最高峰のひとつであり、これが日本で受けなかったら、日本においてインド映画の未来はないと考えていたが、そんな心配は杞憂であった。おかげで、この作品を撮ったラージクマール・ヒーラーニー監督の作品はその後も日本で公開されやすくなり、「PK」(2014年)に続いて最新作「Sanju」(2018年)までも一般公開となった。



 ヒーラーニー監督はインド映画界が誇る最高の娯楽映画監督であり、彼の作品には外れがない。一方で、「Sanju」ではランビール・カプール主演だが、彼の主演作が公開された実績はあるものの、日本での一般的な知名度はあまりないと言っていいだろう。つまり、俳優ではなく、監督の名前で作品が選択されるようになったことを示している。「やっと、そういう時代が来たか」と感慨深さを感じる。ただ、「Sanju」は、日本ではランビール・カプールよりもさらに知名度のない男優サンジャイ・ダット(もちろんインドでは超有名人である)の半生を描いた伝記映画であり、果たして一般の日本人観客にどこまでこの映画の本当の醍醐味が伝わるのか、疑問である。それでも公開を押し切ってくれた配給会社TWINには拍手を送りたい。

 「Sanju」は、「SANJU/サンジュ」の邦題で2019年6月15日から公開された。名古屋の伏見ミリオン座で鑑賞した。初見である。先週は「Padmaavat」を観たばかりだ。毎週インド映画を観られるなんて、インドに住んでいた頃のようで何だか懐かしい。

 前述の通り、「Sanju」の監督はラージクマール・ヒーラーニーで、主演はランビール・カプールである。それ以外のキャストも豪華で、パレーシュ・ラーワル、マニーシャー・コイララ、アヌシュカー・シャルマー、ソーナム・カプール、ディヤー・ミルザー、ボーマン・イーラーニー、ヴィッキー・カウシャルなどが出演している。中でもマニーシャーがキャスティングされているのにはかなり驚いた。ネパールの政治家一家に生まれた彼女は1990年代から00年代初めまでアクティブで、日本でも公開された「ボンベイ」(1995年)や「ディル・セ」(1998年)にも出演していたが、その後彼女の姿をスクリーンで見ることはほとんどなかった。久しぶりに見た彼女はだいぶ年を取ったと感じたが、気品は健在で、「Sanju」ではナルギス役を好演していた。ヴィッキー・カウシャルは「Masaan」(2015年)で本格デビューした俳優で、地味ではあるが、今後伸びそうだ。その他、マヘーシュ・マーンジュレーカル、タブー、アルシャド・ワールスィーなどがカメオ出演している上に、なんとサンジャイ・ダットも自身の役で最後に出演している。

 サンジャイ・ダットは非常に曰く付きの人物である。生まれはサラブレッドだ。父親は、大俳優にして政治家のスニール・ダット。母親は、これまた大女優のナルギス。この2人が共演したのが、伝説的名作「Mother India」(1957年)。サンジャイは、父親の監督作である「Rocky」(1981年)でデビューを果たす。このデビュー作は大ヒットとなり、その後も多くのヒット作を連発する。彼はインド人男優の中でもっとも早く筋肉に目覚めた者の一人であり、現在のマッチョ・ブームの先駆けとなった。だが、その裏では、ドラッグに溺れ、マフィアと交遊し、1993年のムンバイー連続爆破への関与を疑われるなど、黒い面をいくつも持っている。これらのことは、映画情報に接する機会のあるインド人なら誰でも知っていることである。それでも、サンジャイのファンは業界内外に多い。そういう黒い面があるからこその人気もあり、下層の男性を中心にファンは多い。サンジャイを敬愛する監督も多く、サンジャイ・グプター監督はサンジャイ・ダット大好きで、彼の主演作を何本も執拗に撮っている。ラージクマール・ヒーラーニー監督もサンジャイ・ダットのファンの一人である。だからこそ、この作品を撮ろうと思ったのだろう。

 サンジャイ・ダットの人生が波瀾万丈であるのは周知の事実であり、伝記映画にしたら面白いと考える者がいてもおかしくはない。昨今のヒンディー語映画界では伝記映画が流行しているため、なおさらだ。多少違和感があるとしたら、まだ存命中の映画関係者の人生を、その人と親しい映画関係者が映画にするという、タイミングの問題と、一見すると馴れ合いに見える点のみだ。サンジャイ・ダットを擁護するような内容になっていることも十分に予想された。だが、「Sanju」を観てみたら、この映画はむしろ、このタイミングで作られるべきものであったと感じた。この映画を観れば十中八九サンジャイ・ダットに好意を持つようになるであろうから、広い意味では擁護なのだが、彼のダメな面もいくつか見せており、表も裏も隠さず見せた上でサンジャイ・ダットという人物について評価できるよう、最大限の中立性を保っている。何より、サンジャイ・ダットの人生を大方知ったつもりでいたが、実際には語られていない部分が多く、さらに言えば、必要以上に語られ広められてしまった話が余りに多く、イメージ先行で彼を知ったつもりになっていたことを反省した。もちろん、この映画が描写するサンジャイ・ダット像が100%真実だとするのも危険だ。サンジャイ・ダットやスニール・ダットなど、実名で登場するキャラもいれば、フィクションのキャラもいる。あくまで娯楽作品として脚色された物語だと受け止めるべきだ。だが、フィクションであればこそ、観客の想像力に働きかけ、サンジャイ・ダットの立場になって、彼が直面してきた様々な困難を感じ取り考え直すきっかけを与えてくれる。ヒーラーニー監督の見事なストーリーテーリングによって、それが十二分に実現していた。

 「Sanju」の主軸となっていたのは、間違いなく父スニール・ダットとの関係である。サンジャイは、母ナルギスとも深い愛情で結ばれていたが、彼女はサンジャイの映画デビュー前に亡くなっており、2人が過ごした時間は限られていた。一方でスニールは、息子がドラッグに溺れ、テロリスト扱いされても、彼を信じて支え続けた。時に厳しく突き放すこともあったが、彼が何度も復活できたのは、スニール・ダットという偉大な存在があったからこそであった。スニール・ダットを演じたパレーシュ・ラーワルの名演も特筆すべきである。

 歌好きなスニールが、サンジャイに映画音楽の詩を「師匠」とし、その詩を送るシーンが3つあったが、これも粋な計らいであった。サンジャイが父親に感謝のスピーチを聞かせる直前にスニールは亡くなってしまうが、巧みなヒーラーニー監督は、スニールが最後にサンジャイに送ろうとした映画音楽の歌詞を謎にして、エンディングにつながる伏線に使っていた。

 ちなみに、3人の「師匠」とは、①サーヒル・ルディヤーンヴィーの「Na Munh Chhupa Ke Jiyen Hum」、②アーナンド・バクシーの「Duniya Mein Rehna Hai Toh Kaam Kar Pyaare」、③アーナンド・バクシーの「Kuchh Toh Log Kahenge」である。ただし、劇中に出て来た「Na Munh Chhupa Ke Jiyen Hum」の詩は、映画「Hamraaz」(1967年)で使われている歌詞と若干異なる。

Na Munh Chhupa Ke Jiyen Hum, Na Sar Jhuka Ke Jiyen
Sitamgaron Ki Nazar Se Nazar Mila Ke Jiyen
Ab Ek Raat Agar Kam Jiyen Toh Hairat Kyon
Ki Jab Talak Jiye Mashaalein Jala Ke Jiyen

我らは顔を隠さずに生きよう、頭を下げずに生きよう
暴君と目と目を合わせて生きよう
寿命が一晩減るとしても驚かない
生きている限り、松明を灯して生きよう

「Haathi Mere Saathi」(1971年)作詞:アーナンド・バクシー
Duniya Mein Rehna Hai Toh Kaam Kar Pyaare
Haath Jod Sab Ko Salaam Kar Pyaare
Varna Yeh Duniya Jine Nahin Degi
Khaane Nahin Degi Peene Nahin Degi

世界で生き残るには仕事をしろ、友よ
手を合わせて挨拶をしろ、友よ
さもなくば、この世で生き残れない
食べることもできない、飲むこともできない

「Amar Prem」(1972年)アーナンド・バクシー
Kuchh Toh Log Kahenge
Logon Ka Kaam Hai Kehna
Chhodo Bekaar Ki Baaton Mein
Kahin Beet Na Jaaye Raina

人々は何かを言うだろう
噂をするのが人々の仕事
無意味な話は気にするな
夜が終わってしまう

 サンジャイ・ダットと父との関係と同じくらい重要だったのは、親友カムリーとの関係だ。カムリーは、サンジャイ・ダットが出会って来た友人たちの集合体であり、架空の存在である。インド映画には、主人公を献身的に支える、頼れる親友がよく登場する。カムリーも、サンジャイが困ったときにはニューヨークからインドに迷わず駆けつけるほど、サンジャイと深い絆を持った人物として描写されていた。一時期、カムリーはサンジャイと絶縁状態となるのだが、紆余曲折を経て誤解が解かれ、この2人は再会する。スニール・ダットの死後、サンジャイの一番の良き理解者はカムリーであり、この2人の抱擁は映画のクライマックスとなっていた。

 2種類の男同士の絆が感動的に描写されている一方で、サンジャイの女性関係には深く踏み込まれていなかった印象を受けた。彼の最初の恋人であるルビー(ソーナム・カプールが演じていた)との恋愛については比較的詳しく描かれてきた。ルビーのモデルとなっているのは女優ティナ・ムニームであり、現在は大富豪アニル・アンバーニーの妻となっている。冒頭のクレジットにアニル・アンバーニーへのスペシャル・サンクスがあったので、了承を得てのことであろう。サンジャイは結局ティナと破局し、その後3回結婚をしている。その内、2回の結婚について映画では触れられていない。現在の妻マーンニャターはディヤー・ミルザーが演じていたが、彼女との出会いや結婚についても全く描写がなかった。サンジャイが300人以上の女性と寝たことや、親友の彼女を寝取ったことについては言及があったものの、彼の恋愛や色恋沙汰はこの映画のメインテーマではなかった。

 むしろ、この映画がサンジャイ・ダットの人生を通して伝えたかったのは報道の在り方である。サンジャイの人生には多くの浮沈があり、その多くは身から出たサビであったのだが、中にはメディアによって貶められた部分もある。新聞は見出しの文末に「?」を付けることで免罪符を得て、メディア同士の競争の中で抜きん出るために、あることないことを書き立て、何の根拠もないセンセーショナルな記事を乱発する。そのソフトターゲットとなったのがサンジャイ・ダットであった。彼がムンバイー連続爆破テロのときに武器を所有していたのは確かだが、メディアは彼を勝手に断罪し、テロリスト扱いした。実際にサンジャイには、テロリスト・破壊活動防止法(TADA)の容疑が掛けられており、これは保釈が認められないなど、非常に重い容疑ではあったが、判決が確定する前に彼を裁く権利は何者も持っていないはずである。TADAの容疑が晴れた後も、「テロリスト」のレッテルは彼と父親を苦しめ続けた。

 劇中では、メディアから「過去の人」扱いされてしまったサンジャイ・ダットの再起は、ラージクマール・ヒーラーニー監督の「Munna Bhai M.B.B.S」(2003年)の大ヒットがきっかけとされていた。この映画が大ヒットしたことは事実であるし、サンジャイ・ダットの人気再燃に大きく寄与したことも間違いではない。だが、多少手前味噌な感じもする。この映画の前までサンジャイの主演作が失敗に次ぐ失敗だったような描写だったが、そういう訳でもなく、逮捕後に彼の出演作が途切れた年はないし、「Vaastav」(1999年)、「Mission Kashmir」(2000年)、「Jodi No.1」(2001年)など、コンスタントにヒット作を飛ばしている。しかしながら、「Munna Bhai M.B.B.S」で主演男優賞に輝いたこともあり、彼にとって特別な作品なのだろう。

 「Sanju」は、実在かつ現役の男優サンジャイ・ダットの半生を感動的に描出した作品である。インド映画界が誇る最高峰のストーリーテラーであるラージクマール・ヒーラーニー監督の手腕が光っており、「きっと、うまくいく」に勝るとも劣らない素晴らしい出来映えだ。何度も涙があふれ出る瞬間があるし、見終わった後にはまるでひとつの人生を生きた気分になる。サンジャイ・ダットのことを知って鑑賞するのが一番だが、前知識がなくても感動は得られることだろう。この映画が日本で一般公開されたことは奇跡に思えるが、どうせ公開されたならば、どうかなるべく多くの観客の目に触れて欲しいと願う。

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