Sultan

2008年にクリケットのインディアン・プレミア・リーグ(IPL)が始まって以来、インドでは様々な「リーグ」が雨後の筍のように生まれている。2012年開始のスーパー・ファイト・リーグ(SFL)、2013年開始のプレミア・バドミントン・リーグ(PBL)、2014年開始のプロ・カバッリー・リーグ(PKL)、2017年開始のスーパー・ボクシング・リーグ(SBL)などなどである。日本でJリーグ(1991年)やK-1(1993年)が始まり盛況だった頃と重なる。クリケットが他のスポーツを圧迫しているインドにおいて、果たしてこれらクリケット以外のリーグが全て十分な収益を上げているのか分からないが、少なくとも2016年7月6日公開のヒンディー語映画「Sultan」では、そうでもなさそうなことが示唆されていた。

Sultan

 

 ヒンディー語映画界ではスポーツ映画が既に一ジャンルとして確立されており、「Lagaan」(2001年)や「Chak De! India」(2007年)などのヒット作も生まれている。この「Sultan」が扱うのはレスリングと異種格闘技だが、もっと厳密に言えば西洋的なレスリングではなく、インド古来の武術である相撲が題材となっている。ヒンディー語では「ダンガル」とか「クシュティー」などと言う。今でも歴史のある町には「アカーラー」と呼ばれる道場があり、「ペヘルワーン」と呼ばれる力士たちが「ガダー」と呼ばれる棍棒を振り回して鍛練している。よほどインド社会の奥深くまで入り込まないとダンガルやペヘルワーンを目にすることはないだろうが、存在することは確かだ。

 「Sultan」の監督はアリー・アッバース・ザファル。「Mere Brother Ki Dulhan」(2011年)や「Gunday」(2014年)などの監督で、今回が3作目だ。プロデューサーはアーディティヤ・チョープラー。ヤシュラージ・フィルムスのバナーで作られている。音楽はヴィシャール・シェーカル。

 メインキャストはサルマーン・カーンとアヌシュカー・シャルマーである。サルマーンの映画はイードに合わせて公開されることが多いが、これは2016年のイードゥル・フィトル公開作である。サルマーンは2009年の「Wanted」以来、2013年を除き、必ずイードに合わせて主演作を公開してきており、どれもヒットにしている。この「Sultan」もインド映画史上に残る大ヒットとなり、国内のコレクションは40億ルピーを超えている。ちなみに、ヒットの基準は10億ルピーである。また、サルマーンとアヌシュカーの共演はこれが初めてだ。

 サルマーンとアヌシュカーの他に、「Kai Po Che」(2013年)などに出演していたアミト・サードや、「Gunday」に出演していたアナント・ヴィダート・シャルマーが出演している。また、ランディープ・フッダーが特別出演している。

 「Sultan」においてアミト・サードが演じたのがアーカーシュである。アーカーシュは異種格闘技リーグであるプロ・テイクダウンのプロモーターであった。2年前に始まったプロ・テイクダウンは赤字続きで、この3年目が正念場だった。アーカーシュは父親の勧めに従い、伝説のレスラー、スルターン・アリー・カーン(サルマーン・カーン)に出場を打診する。だが、スルターンは何年も前に引退しており、再びリングに立つ気もなかった。

 アーカーシュはスルターンの親友ゴーヴィンド(アナント・ヴィダート・シャルマー)に会い、何があったのかを聞く。そもそもスルターンがレスリングを始めたのは、女子レスリング選手、アールファー(アヌシュカー・シャルマー)に一目惚れしたからであった。アールファーの父親は道場を経営しており、デリーで教育を受けた一人娘のアールファーは女子レスリング選手として名を馳せていた。彼女はレスリング選手としか結婚しないと公言していたため、単純なスルターンはレスリングを始めたのだった。

 スルターンはメキメキと頭角を現し、州大会において優勝し、一躍スターに躍り出る。アールファーも州大会で優勝し、2人は結婚する。スルターンとアールファーは英連邦競技大会やアジア競技大会にインド代表として出場し、勝利に勝利を重ねた。ところが、オリンピックを前にアールファーの妊娠が分かり、彼女はオリンピックでメダルを取る夢をスルターンに託す。スルターンは見事にそれに応え、金メダルを獲得する。

 この辺りの実績は、ロンドン五輪で銅メダル、北京五輪で銀メダルを獲得したインド人フリースタイル・レスラー、スシール・クマールを若干モデルにしていると思われる。スシール自身はオリンピックで金メダルを勝ち取っていないが、世界選手権や英連邦競技大会などで金メダルを獲得しており、十分スルターンの実績を思わせる。

 成功は次第にスルターンを変えていった。成功に酔いしれたスルターンは次第に傲慢になって行き、アールファーにも忠告されるようになる。そんな折、スルターンはトルコで開催される世界選手権への出場が決まる。だが、試合日はアールファーの出産予定日と重なっていた。アールファーは傍にいて欲しいと頼むが、スルターンは自分のキャリアを優先し、トルコへ向かう。スルターンはそこでも優勝するが、インドに帰った彼は、生まれたばかりの我が子が死んでしまったことを知る。アマンと名付ける予定だったその子は特殊な血液型で、スルターンと同じだった。輸血が必要だったが、同じ血液型の献血者が見つからず、死んでしまったのだった。もしスルターンがいれば、助かった命かもしれなかった。アールファーはスルターンを許せず、実家に帰ってしまう。こうしてスルターンとアールファーは別居生活を送るようになったのだった。スルターンはせめてもの罪滅ぼしにと、村に血液バンクを設立しようと募金活動をしていたが、なかなか貯まらず、その夢の実現はほど遠かった。

 事情を知ったアーカーシュは真摯にスルターンを説得する。スルターンも考え直し、リングで戦うことで全てを変えようとする。スルターンのプロ・テイクダウン出場が決まった。しかし、スルターンは既に中年太りしており、異種格闘技の経験もなかった。そこでアーカーシュはファテー・スィン(ランディープ・フッダー)というトレーナーにスルターンを特訓させる。果たしてスルターンは勝ち進めるのか?

 以上のようなストーリーであり、表向きの題材はダンガル、レスリング、異種格闘技などのスポーツである。言わばスポ根映画であり、それに欠かせない要素――成功、挫折、周囲の支え、復帰など――がいくつも盛り込まれていた。しかし、この映画のもうひとつの重要なテーマが女児堕胎問題だった。

 インドでは、家系存続や持参金などの理由から、男児を尊び女児を疎む風潮が根強い。胎児の性別判定は法律で禁止されているものの、胎児が女児だと分かった途端に堕胎する行為も公然と横行しており、男女人口比はいびつな数値となっている。その当然の帰結として嫁不足が深刻化している訳だが、「Sultan」が突いていたのは、そもそも女児を平等に扱わない社会風潮である。

 それを体現していたのがアールファーであった。アールファーの父親は、子どもをレスリング選手に育て上げオリンピックで金メダルを勝ち取るという夢を持っており、そのために男児を望んでいたが、アールファーが生まれ、母親はそのときに死んでしまった。それでもアールファーは父親の夢を叶えるためレスリング選手となった。もちろん、インドでは「女子がレスリングなんて…」という偏見が強い。まず、アールファーはその偏見に打ち克つ必要があった。また、レスリング選手として実績を積むことで、父親の夢を叶えるのに男も女もないことを証明していた。スルターンは、レスリングを「自分との戦い」と定義していたが、アールファーの戦いは、さらに大きなもの、インド社会の差別や偏見との戦いであった。アールファーにとって残念だったのは、夫のスルターンですら、「子どもは男の子に決まってる」と、男尊女卑的な考えに凝り固まっていたことであった。エンディングではそれが解消されており、この映画の裏のテーマが明確になっていた。

 歌と踊りの挿入が多く、伝統的なインド娯楽映画のフォーマットを基本的に踏襲している。最近のインド映画に慣れているといくつかダンスシーンが余分に思える場面もあった。例えば「440 Volt」や「Sachi Muchi」などはなくてもよかったのではないかと思う。もしくはそれぞれの歌を短くする手もあった。ひとつひとつのダンスシーンが冗長なのである。しかし、曲や歌詞のリフレインは上手に使われており、例えばタイトルソング「Sultan」のサビを構成する「Khoon Mein Tere Mitti, Mitti Mein Tera Khoon, Upar Allah Neeche Dharti, Beech Mein Tera Junoon(お前の血には土、土にはお前の血、上にはアッラー、下には大地、間にお前の情熱)」という歌詞が盛り上がりで必ず使われ、映画を盛り上げていた。

 ヒンディー語映画なので言語は基本的にヒンディー語。ダンガル用語がいくつか出てきたので、ヒンディー語専門家としてそれが気になった。また、主な舞台がハリヤーナー州レーワーリーということもあり、スルターンのしゃべる台詞を中心にハリヤーンヴィー方言色が強かった。特にサルマーンが押し出すようにしゃべる方言がとても良かった。方言で表現される彼の素朴な純愛が涙腺刺戟ポイントとなっていることは間違いない。サルマーンというとお調子者の役が多いが、こういう寡黙なキャラの方がしっくり来ることが多いように思える。

 「Sultan」は、表向きにはレスリングや異種格闘技を題材にしたスポ根映画である。しかし、一通り鑑賞してみれば、この映画はそれだけでないことが分かる。もっとも重要なメッセージは、インド社会に根強く巣くう女児軽視の考え方だ。そういう意味では、アヌシュカー演じるアールファーの方にスポットライトが当たる。とは言っても、サルマーン抜きに語ることはできない映画。またひとつ彼の代表作が生まれた。

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