Tagore Songs

アジア人で初めてのノーベル賞となるノーベル文学賞を受賞したラビーンドラナート・タゴールは多才な人物で、文学以外にも多くの芸術分野や社会活動で業績を残した。その中でも、彼が作詞作曲をした2,000曲以上の歌の数々は、現在までベンガル地方を中心に歌い継がれており、一般に「ラビーンドラ・サンギート」と呼ばれている。ベンガル地方中心なのは、タゴールがベンガル人だからであり、彼の詩作の中心はベンガル語だったからだ。ベンガル地方は、インドの西ベンガル州とバングラデシュに分かれている。

 そんなラビーンドラ・サンギートに魅せられた日本人、東京外国語大学ヒンディー語専攻卒の佐々木美佳監督によるドキュメンタリー映画「タゴール・ソングス」が現在「仮設の映画館」で公開中である。本来ならば4月18日より劇場一般公開のはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が発令されたことにより中止となり、代わりに前述のオンライン映画館で公開されている。



 試写会のお知らせが届いていたので、3月に試写会で鑑賞しようと思っていたのだが、東京都で外出自粛要請が出されたために取りやめた経緯がある。今回はオンラインで鑑賞する機会が得られたので、それを観ての感想を書き留めておこうと思う。

 監督の佐々木美佳さんは、東京外国語大学在学中に、ラビーンドラ・サンギートについての卒論執筆と同時並行してこのドキュメンタリー映画の制作に乗り出したと言う。この映画の撮影のために、インドとバングラデシュに4回赴き、ラビーンドラ・サンギートを軸にして様々な人の人生に踏み込みながら、この作品を完成させた。

 ドキュメンタリー映画なので、ストーリーは無いに等しい。監督がコルカタやダッカなどで取材をする中で出会った人々のラビーンドラ・サンギートに対する思いや考えを寄せ集めて一本の作品にしている。その中には、ラビーンドラ・サンギートの名手として名の知れた人もいれば、一般的な市井の人もいる。それぞれがラビーンドラ・サンギートに思い入れを持っており、お気に入りの歌があって、そして頼むと歌ってくれたりする。

 実はインドの国歌もバングラデシュの国歌もタゴールの作詞作曲であり、当然、これらの曲も映画の中で出て来たが、それよりも多くの人々に歌われていたのが「Ekla Chalo Re(一人で進め)」であった。「誰も呼びかけに応えてくれなくても、一人で進め」と歌われる力強い歌で、1905年のベンガル分割令反対運動のときに書かれた愛国歌である。ベンガル人なら誰でも知っているというレベルの有名な歌だが、ベンガル人以外のインド人もどこかで必ず聞いたことがあるのではなかろうか。その歌詞を聞くと、僕は「犀の角のようにただ独り進め」という、ブッダの「スッタニパータ」犀の章を思い出す。そして、一人で荒野を歩んで行くサードゥ(行者)の姿が目に思い浮かぶ。

 映画の登場人物の中で一人、異質だったのがオノンナという若い女性である。外見はいかにもイマドキの若者なのだが、タゴールの歌に魅せられ、タゴールの足跡を追って日本にまで来る。佐々木監督と年齢が近いこともあったのだろう、彼女のシークエンスがもっとも感情移入されて撮影されていたと感じた。特に、両親から夜遅くまで出歩いていることを咎められているシーンがあり、こんなプライベートな場面をどうやって撮ったのか不思議に感じるほどだった。

 インドでは、偉大な詩人がいつしか等身大以上の扱いを受け、やがて神格化される傾向にある。古代から近代まで、ヴァールミーキ、カーリダース、カビール、スール、トゥルスィー、ガーリブなど、そのような例は枚挙に暇がない。「タゴール・ソングス」を観ていて感じたが、19-20世紀を生きたタゴールもそのパンテオンに加えられつつある。彼の書いた歌詞に神秘性が加えられ、深遠な意味が求められている。

 だが、タゴールがラビーンドラ・サンギートを書いた時期は、日本において文部省唱歌が作られた時期と一致する。近代国家としての体裁を整える上で、言文一致の新しい国語の創出とその教育は急務であり、国家主導の形で、学校教育で教えられるべき童謡などが作られて行った。おそらくタゴールも似た目的で、つまり新しいベンガル語を普及させるために、これらの歌を作ったのではないかと思われる。よって、神秘的というよりも、平易な言葉で書かれていると思うのだが、現在のベンガル人はそこに、人生のあらゆる喜びと悲しみを見出し、何か悩みを持ったり路頭に迷ったときに歌を聴いて、励まされているのだろう。

 「タゴール・ソングス」は、東京外国語大学の卒論から派生して創作されたドキュメンタリー映画ということで、かなりユニークな作品だ。ベンガル人がいかにタゴールの歌に親しんでいるか、ベンガル人の日常生活にタゴールの歌がいかに溶け込んでいるか、よく分かる。そして、同じ言語と文化を共有しながら、歴史的な過程から、インドとバングラデシュという二国に分かれてしまったベンガル地方の複雑な現状も垣間見ることができる。3億人のベンガル人全員から一斉に感謝されそうな逸品である。

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