Talvar

リーに住んでいた2001年~13年、様々な事件が起こったが、その中でも特に記憶に残っているのが、2008年3月、デリーの衛星都市ノイダで起こったアールシ=ヘームラージ殺人事件である。3月15-16日の深夜、ノイダに住む医師夫婦ラージェーシュ・タルワールとヌープル・タルワールの一人娘、アールシが殺害され、16日の朝、発見された。タルワール家で働くネパール人使用人ヘームラージがその日から行方不明になっていたため、当初、事件は使用人による殺人事件の一種と考えられていた。使用人が金銭や復讐のために主人一家に危害を加えるという事件は度々起こっている。そうだとしたら、非常に単純な事件だった。

 ところが、17日、タルワール家の屋上からヘームラージの腐乱死体が見つかったことで、事件は不透明になる。事件のあった日、タルワール家には、ラージェーシュ、ヌープル、アールシ、ヘームラージの4人しかおらず、その内アールシとヘームラージが殺されたことから、ウッタル・プラデーシュ州警察は父親のラージェーシュを犯人と決め付け、捜査を行った。決定的な証拠は得られなかったものの、「上位中産階級の家庭において」「実の父親が娘を殺した」という部分だけがセンセーショナルに報道された。それのみならず、タブロイド紙的なネタが次々に提供された。例えば、アールシとヘームラージが出来ていたとか、タルワール夫妻がスワッピングをしていたとか、加熱する報道合戦の中で、事件当事者の人格侵害が堂々と行われた。同年11月のムンバイー同時多発テロでは、メディアが治安部隊の動きまでも事細かに報道してテロリストを利してしまったこともあり、メディアの報道の在り方が議論された年だった。

 さて、アールシ=ヘームラージ殺人事件は、州警察から中央捜査局(CBI)に引き継がれることになった。しかしながら、CBIでも2つのチームが続けて捜査を行ったものの、結局決定的な証拠と共に犯人を特定することができなかった。最初のチームを率いたアルン・クマールは、ラージェーシュのクリニックで助手を務めるクリシュナとその友人ラージクマールとヴィジャイを容疑者として特定したが、やはり証拠不十分だった。2つめのチームを率いたニーラブ・キショールは、再びタルワール夫妻を第一容疑者とし、証拠を集めたが、やはり決定打を欠いた。結局、2013年11月に裁判所は、明確な証拠がないままラージェーシュとヌープルを犯人とし、終身刑を言い渡した。

 このように、この事件は、発生から一応の終息まで、紆余曲折の中で捜査が進み、どんでん返しが繰り返し起こった。しかも真偽不明なスパイシー・ネタも多数付け加えられたため、世間の関心を引き、よく記憶に残った。映画界が放っておくはずがない。2015年10月2日公開のヒンディー語映画「Talvar」は、アールシ=ヘームラージ殺人事件を題材にした映画である。監督はメーグナー・グルザール。詩人グルザールの娘で、2002年から数本の映画を監督しているが、今までそれほど話題となった作品は残していない。作詞はもちろんグルザールだ。プロデューサーはヴィシャール・バールドワージ。ヒンディー語映画界を代表する名監督で、最近では「Haider」(2014年)などを成功させている。グルザールとも仲が良い。バールドワージは制作の他、ストーリーや作曲も担当している。

Talvar

 

 キャストは、イルファーン・カーン、タブー、コーンコナー・セーンシャルマー、ニーラジ・カビ、ソーハム・シャー、ガジラージ・ラーオ、アトゥル・クマール、スミト・グラーティー、プラカーシュ・ベーラーワーディー、シシル・シャルマー、アーイシャー・パルヴィーンなど。ちなみに題名の「Talvar」とは「剣」を意味するが、これは当然、殺されたアールシの名字を暗示している。しかしながら、映画中では人物名は微妙に変更されており(タルワール→タンダン、アールシ→シュルティ、ヘームラージ→ケームパールなど)、タルワールの名字を持つ者は出て来ない。その代わり、裁きの女神が持つ「剣」についての言及があり、表面上は題名はこちらの意味ということになっていた。また、映画中には「CDI: Central Department of Investigation」なる機関が登場するが、これは 中央政府管轄のエリート捜査機関「CBI: Central Bureau of Investigation」のもじりと考えていいだろう。

あらすじ

 2008年3月16日、ノイダに住むタンダン夫妻――ラメーシュ(ニーラジ・カビ)とヌータン(コーンコナー・セーンシャルマー)――の一人娘シュルティ(アーイシャー・パルヴィーン)が自室のベッドで遺体で発見された。頭部には鈍器で殴られた跡があり、喉には鋭利な刃物で切られた跡があった。最初に事件を担当したのは、ウッタル・プラデーシュ州警察のダニーラーム警部補(ガジラージ・ラーオ)であった。

 タンダン家に勤めていた使用人ケームパールが事件後から行方不明だったため、彼がアールシを殺害後逃亡したものとして考えられ、ケームパールの捜索が行われた。ところが翌日、タンダン家の屋上からケームパールの遺体が発見され、事件は振り出しに戻った。この間、ダニーラーム警部補の捜査は杜撰を極め、事件現場は報道陣や野次馬に踏み荒らされて、重要な証拠が次々に失われて行った。

 警察は、ケームパールの友人でラメーシュのクリニックで助手をしていたカナイヤー(スミト・グラーティー)の助言を鵜呑みにし、ラメーシュを第一容疑者として事件の幕引きをしようとした。曰く、ラメーシュは、シュルティとケームパールがベッドでいちゃついていたのを目撃し、激昂して2人を殺したとのことだった。しかし、この短絡的な結論に人々が抗議したため、捜査は中央情報局(CDI)に引き継がれることになった。捜査チームを率いるのは、アシュヴィン・クマール(イルファーン・カーン)であった。アシュヴィンは有能な捜査官であったが、プライベートでは、妻のリーマー(タブー)と離婚協議中であった。

 アシュヴィン・クマールは、警察の報告書をひとつひとつ調べ、全て問題があることを突き止める。そして新たに、カナイヤーとその友人たちを催眠分析し、シュルティとケームパールの殺害を自供させる。しかし、催眠分析は証拠として採用できない。物的証拠として、カナイヤーの部屋の枕から見つかったケームパールの血痕を提出するが、ラボの不手際で、証拠として曖昧になってしまった。

 CDI内の勢力図変化もアシュヴィンには不利に働いた。ラームシャンカル・ピッライ局長(プラカーシュ・ベーラーワーディー)はアシュヴィンの能力を高く評価していたが、定年により退任し、JKディークシト(シシル・シャルマー)が新局長となった。しかし、ディークシトはタンダン夫妻を有罪にしようとし、アシュヴィンの結論に同意しなかった。結局アシュヴィンは更迭され、シュルティ=ケームパール殺人事件捜査のために新しいチームが編成されることになった。それを率いるのがポール(アトゥル・クマール)で、今までアシュヴィンをアシスタントとして支えて来たヴェーダント・ミシュラー(ソーハム・シャー)が引き続きポールを助けることになった。

 ポールは、ディークシト局長の意向を受けて、タンダン夫妻を犯人とする方向で捜査を始め、いくつか新しい証拠も集める。CDIとして結論を出さなければならなくなり、アシュヴィンとポールが自説を力説するが、双方とも決定的証拠を欠いた。結局、CDIとしては、証拠不十分のまま、第一容疑者としてタンダン夫妻を挙げるに留まった。

 2013年、裁判所はタンダン夫妻を有罪とし、2人に終身刑を言い渡した。

解説

 一応の判決は出たものの、アールシ=ヘームラージ殺人事件の真相は、未だに闇の中である。そのような事件について映画を作る際、どうしても、事件の真相に迫りたい欲求に駆られるものだ。しかし、「Talvar」では、驚くほどの自制心でもって、その欲求を抑え、映画を展開している。代わりに「Talvar」が2時間強の映画の中で描き出しているのは、いかに警察などのシステムの不手際や機能不全によって真実が覆い隠され、事件が迷宮入りして行ったのか、ということである。

 「Talvar」は決して誰にも肩入れしていない。よって、ダスナー刑務所に収容されているタルワール夫妻を助ける目的で作られた映画ではない。あくまで中立の立場で捜査の過程を淡々と描いており、劇中のタンダン夫妻が無罪である可能性を示唆している一方で、実際に犯人であるという余地も残している。証人は互いに食い違う証言をする訳だが、それらをひとつひとつ映像化し、事件前後に何があったのか、その可能性を提示している。これは言うまでもなく黒澤明監督「羅生門」(1950年)の手法だ。実世界と同様に、劇中でもタンダン夫妻は有罪とされるものの、本当に夫妻が犯人なのかについては、最終的には観客の判断に任されることになる。

 おそらく大半のインド人観客は、アールシ=ヘームラージ殺人事件の真相を知りたくてこの映画を観る訳だが、「Talvar」を観ている内に、真相はどうでも良くなって来る。むしろ観客の心に問題意識として芽生えるのは、警察の捜査法の杜撰さや、組織内での勢力争いが一般市民の人生を左右する怖さだ。最初に事件の捜査を担当したダニーラーム警部補は、無能警察を絵に描いたような人物で、捜査のイロハも知らず、事件現場に残された重要な証拠を無視し、台無しにしてしまう。当初は使用人による単純な殺人事件と考えられていたためにある程度は仕方がないのかもしれないが、それを差し引いてもプロフェッショナリズムが微塵も感じられず、この時点でこの事件の解決がかなり困難になっていたことが分かる。

 捜査の担当がCDIに移った後も問題は続く。アシュヴィンは比較的有能な捜査官として描かれていたものの、尋問中にゲームをやったり、暴力を使って自供を促したりと、決して完全なヒーローではなかった。その後を引き継いだポール捜査官については、始めにタンダン夫妻が犯人だと決め付けて証拠をかき集めており、やはり問題があった。もっとも問題なのは、局長が交代することで組織内の勢力図がガラリと変わり、前局長のときに一方向に進んでいたことが、一転して反対方向に進み出す事態があるということだ。おかげで時間だけが掛かり、真実は遠のいて行く。

 「Talvar」は、真実の追求ではなく、インドにおいて、真実が遠のけられる原因は何かを調べ上げ描き出した作品である。この映画を鑑賞したタルワール夫妻も、実際にこのような流れで捜査が進んで行ったということを認めている。この映画で描写されている捜査過程はかなり真実に近いと言えるだろう。

 上で、この映画は犯人の特定については中立だと書いたが、タルワール夫妻が有罪判決を受けている現状、この映画はタンダン夫妻が無罪である可能性を十分匂わすものであり、それを加味すれば、タルワール夫妻に有利な内容だとも言える。終盤でアシュヴィンは、「たとえ10人の真犯人を逃すとしても、1人の無辜を処罰してはならない」ということを熱弁しているが、「Talvar」の主張はこれであろう。

 「Talvar」は、2008年にノイダで起こったアールシ=ヘームラージ殺人事件を題材にした映画である。同様の映画としては「No One Killed Jessica」(2011年)があるが、こちらは犯人が明確である一方、「Talvar」の方は犯人が未だにはっきりと分からない半ば迷宮入りの事件であり、扱いがさらに難しかったと思う。だが、メーグナー・グルザール監督は、事件の真相ではなく、事件の捜査法に焦点を当て、その杜撰さや問題点を淡々と描き出すことに成功した。この種の映画としては異例のヒットとなっており、2015年の重要作の一本となっている。ただ、アールシ=ヘームラージ殺人事件を現地でリアルタイムで見て来ていない人にとっては、いささか感情移入しにくい作品かもしれない。

Print Friendly

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です