The Attacks of 26/11

2008年11月26日に発生したムンバイー同時多発テロは、11年7ヶ月に及ぶインド生活の中でも忘れられない事件となった。2008年11月21日に東京で結婚式を挙げ、25日の僕の誕生日に入籍をして、26日にデリーに戻って来た。その日、あの事件が起こったのである。その頃、バンコクの空港がデモ隊に占拠されていため、バンコク経由でバンガロールに向かう予定だった妻は日本に足止めとなって、直行便を取っていた僕だけインドに来ていた。いろんなことが一度に起こった数日間だった。

 もちろん、デリーとムンバイーでは距離があり、ムンバイーで起こっている出来事を身近に感じることはできない。また、インドではテロが多発しているので、免疫ができてしまって、ひとつひとつのテロへの関心はどうしても低くなる。それでも、26/11事件は特別だった。通常のテロは事件が収まってから事件が起こったことを知るのだが、ムンバイーで起こった10人のテロリストによる無差別殺戮事件は、現在進行形で進展していた。事件を知ったときにまだテロリストが生きてムンバイー中を動き回っており、多くの人々が殺されていたのである。また、テロリストたちが狙ったターゲットも、ムンバイーを観光したことがある者なら誰でも行くような場所ばかりだった。レオポルド・カフェ、タージ・ホテル、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス…。正に映画の中の出来事のような事件が現実に起こっていたのだった。

 メディアの在り方も大いに議論された。最後まで残ったテロリストはタージ・ホテルに立てこもり抵抗を続けていたが、ホテルの周囲に報道陣が詰めかけ、軍や警察の動きを逐一報道してしまっていた。その情報は当然テロリストの元にも届いており、事件の長期化を促してしまった。戦争が生中継され、思わず「まるでテレビゲームのようだ」と表現されたのは1990年の湾岸戦争だったが、26/11事件は、おそらく重装備したテロリストたちによる殺戮が生中継された初の事件となった。

 ムンバイー同時多発テロ事件については、当時インドにいた全ての人々が、何かしらストーリーを持っていると思う。そしてムンバイーは映画の都市である。当然、映画化して記憶に残そうという動きが出て来る。この凄惨な事件の映画化については、被害者の遺族を中心に反対の声もあったのだが、ムンバイーのアンダーワールドを題材に映画を撮り続けて来たラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督が押し切る形で映画にした。2013年3月1日公開の「The Attacks of 26/11」である。26/11事件で唯一生け捕りにされたテロリスト、アジュマル・カサーブの処刑が2012年11月21日(我々の結婚記念日である)に行われた後、事件の一応の終息が見られたとのことで制作に取り掛かったと思われる。

The Attacks of 26/11

 

 「The Attacks of 26/11」のキャストは、ナーナー・パーテーカル、サード・オールハーン、サンジーヴ・ジャイスワール、アーシーシュ・バット、アトゥル・クルカルニー、ファルザード・ジャハーニーなどである。この中でナーナー・パーテーカルとアトゥル・クルカルニーがよく知られた俳優である。ファルザード・ジャハーニーはレオポルド・カフェの本当のオーナーで、劇中でも自分自身を演じている。レオポルド・カフェはムンバイーの老舗レストランで、外国人も多く訪れる人気のスポットだ。当然、レオポルド・カフェ襲撃のシーンもあり、オーナーの証言を元に撮影されたのだろう。

 映画は、ナーナー・パーテーカル演じるラーケーシュ・マーリヤー警視副総監が調査委員会で事件について語る形で始まる。10人の若者たちがインドの漁船クベールを乗っ取り、ムンバイーに上陸して2人のチームに分かれ、それぞれのターゲットで無慈悲に人々を殺す様子が淡々とした口調で語られ、映像で再現される。主にレオポルド・カフェ、タージ・ホテル、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス、カーマー病院を襲撃する様子が映像化されており、ナリーマン・ハウスでのテロについては言及されただけだった。また、後半はアジュマル・カサーブが捕えられ、尋問を受ける様子が中心となる。尋問の中でカサーブは、「アーカー」と呼ばれる司令官から教えられたことをそのまま語り、「ジハード」を引き合いに出して、自己の行為を正当化する。だが、マーリヤー警視副総監は、カサーブに他の9人のテロリストの腐った遺体を見せ、無実の人を殺してもいいとする宗教はどこにもないと叱りつける。「ジハード」とは己の中にいる悪との戦いだとも語る。カサーブは仲間の遺体の中で泣き崩れる。そして、カサーブは処刑される。

 26/11事件を起こしたのはイスラーム教徒の若者たちだった。しかし、この映画は決してイスラーム教を糾弾する内容になっていなかった。イスラーム教の教義を曲解して暴力をけしかける者たちへの糾弾であり、イスラーム教自体のメッセージは愛と平和であると主張されていた。また、テロリストたちの国籍がパーキスターンであるのはほぼ確実であるが、パーキスターンを責めるような内容にもなっていなかった。あくまで、事件当時犯罪部のトップを務めていた警察官僚の視点から、自分の管轄内での出来事やそれについての分析が語られたのみで、外交問題は上手に避けていた。ただし、パーキスターンを拠点とするテロ組織ラシュカレ・タイイバ(LeT)に対しては名指しで批判があった。

 ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督と言えば、凝ったカメラワークでも有名だ。時々凝り過ぎてカメラワークがうるさいこともあるのだが、「The Attacks of 26/11」のカメラワークは抑え気味かつ効果的で、映画にスリルを加えていた。

 「The Attacks of 26/11」は、ドキュメンタリーとフィクションの高度な融合であり、娯楽映画としても十分力を持つ映画になっていた。最近ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督は低迷しているが、彼の腕はまだ鈍っていないことがこの作品で証明されたと言えるだろう。

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