Turtuk

する人はとかく「最○端」が好きで、インドでも最南端のカンニャークマーリーは人気の観光地だ。僕も2001-02年には、初日の出をカンニャークマーリーで拝むという、非常にベタな旅をしたことがある。カンニャークマーリーは、逆三角形をしているインド亜大陸の、インド洋に突き出した頂点に当たり、岬になっているので、最南端という地理的な特徴が誰にでも分かりやすい。だが、インド亜大陸の最西端、最北端、最東端は地続きなので、特定するのは難しいし、それを気にする旅人もほとんどいないだろう。

 「インド亜大陸」を持ち出すと曖昧になってしまうが、インド共和国ということにすれば、地図や経緯度でもってそれらの「最○端」を導き出すことは可能だ。国境線の問題はあるのだが、現状の支配域を基準とするならば、最西端はグジャラート州のサー・クリーク辺り、最北端はジャンムー&カシュミール州のシアチン氷河辺り、最東端はアルナーチャル・プラデーシュ州のミャンマー国境辺りになるだろう。どれも非常にセンシティブな地域であり、外国人は普通には入域できない。

 そうなると外国人が行ける「最○端」はどこかということになるが、その内で最北端ははっきりしている。ジャンムー&カシュミール州シャヨク谷奥地にあるトゥルトゥクだ。

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 かつては隣谷のヌブラ谷にあるパラミクが外国人の行ける最北端だったのだが、2010年からより緯度の高いトゥルトゥクが外国人に開放されたために、現時点ではインド最北端の称号はこのトゥルトゥクという人口1,729人(2001年国勢調査)の村が保持している。トゥルトゥクは国境(正確には管理ライン)から10kmの地点にある。これよりさらに先にはタクシという村があるが、国境スレスレとなるため、さすがに外国人の立ち入りは禁止となっている。だが、もしこの村が今後開放されるようなことがあれば、インド最北端は更新されることになるだろう。トゥルトゥクからシャヨク河をさらに遡って行くと、(国境さえなければ)パーキスターンのギルギト・バルティスターン州のハプルーやスカルドゥーに到着する。トゥルトゥクは完全にバルティスターン文化圏で、住民はシーア派ムスリムである。

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 トゥルトゥクは、村自体に特に何か観光資源がある訳ではない。インド最北端という地理的な特異性と、近年まで外国人の入域が禁止されていたという特殊性がこの村のセールスポイントであり、それ故にこんな辺鄙な場所にも関わらず外国人旅行者が訪れているのだろう。特産品はアプリコット。あとは、美しい農村風景や素朴な村人たちが魅力だ。だが、もうひとつトゥルトゥクのユニークな点を挙げるとすれば、それはこの村が1971年までパーキスターン領だったという事実である。インドの完勝に終わった第3次印パ戦争では、かつて東パーキスターンと呼ばれた地域がバングラデシュとして独立したことが、世界史上に刻まれる目立った成果となっているが、実はインド軍はこの地域でも軍事行動を起こしており、トゥルトゥク一帯を占領、終戦後はそのままインド領となった。よって、トゥルトゥクの住民たちは、1971年を境に国籍がパーキスターンからインドに変わっている。年配の地元民に、そのときのことを聞くのも面白い。

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 トゥルトゥクは、まだ村に英語をしゃべれる人が数人しかいないため、現地語を習った外国人の独壇場だ。村人たちの母語はバルティー語になるが、ヒンディー語、ウルドゥー語、ラダッキー語も理解するため、これらの言語ができる人ならば村人たちとの意思の疎通には苦労しない。苦労しないばかりか、とても歓迎されるため、滞在が楽しくなる。やはり英語教育が浸透していない地域ほど現地語の威力が増すため、近年まで外国人が訪問できなかったトゥルトゥクは語学力を活かすのに絶好の場所である。

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 トゥルトゥク村は川を挟んで2つの地域に分かれている。村の真ん中を流れる川の西側はユレと呼ばれ、古い集落となっている一方、川の東側はファロールと呼ばれる新しい集落である。この川には立派な橋が架かっており、自由に行き来ができる。外国人に開放されて以来、トゥルトゥクにはゲストハウスが建ち始めているが、その多くはファロール側にある。一方、ユレ側には、古い木造モスクや、カーチョー・カーンの邸宅と呼ばれる地元王族の住居がある。それらは、トゥルトゥクの数少ない史跡と言っていい。

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 トゥルトゥクまで行くには、まずラダック地方の主都レーまで辿り着かなければならない。飛行機で行けばデリーからすぐだが、陸路で行くと数日は掛かる。レーに着いてからもすぐにトゥルトゥクへ向けて旅立てる訳ではない。トゥルトゥクは外国人の入域が規制されているヌブラ谷エリアにあるため、レーでインナーライン・パーミットを取得。さらに、この辺りは常に標高3,000m以上となるため、高所順応のためにレーで数日身体を休める必要もある。レーからは陸路のみだ。公式には標高5,602mとされるカルドゥン峠を越えて行かなければならず、過酷な道のりとなる。デリーから起算し、飛行機を使い、直行するとしても、トゥルトゥクに辿り着くまでにどうしても3日以上、普通は5日前後掛かる計算になる。また、インナーライン・パーミットは最大7日間しかもらえないので、どんなに頑張ってもトゥルトゥク滞在の期間は1週間以下となる。電気は来ても最大午後6時半から午後11時までなので、夜になると真っ暗で寝るしかない。まだ宿泊施設は整っておらず、思う存分お湯を浴びられるような宿ができるまでにはまだ時間が掛かるだろう。

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 このようにトゥルトゥク行きは大変な旅にはなるが、その苦労をするだけの価値のある場所だと断言できる。あの素朴で美しい村を一度でも体験してしまった者は、都会の喧噪の中でふとトゥルトゥクのことを思い起こさずにはいられなくなる。外国人に開放されてまだ時間が経っていないため、早く行けば行くほど、トゥルトゥクの純粋な姿に出会えるだろう。あの村の魅力は、行った者にしか分からない。ここで村の魅力を文章化する努力が罪に思えるような桃源郷である。

追記(2014.10.19):トゥルトゥクにはゴンパがあり、観光資源となり得るだろう。また、トゥルトゥク・ファロール側の見晴らしのいい高台に上ると、世界第二の高峰K2を拝める。上の写真にも実はK2の白い先っぽが小さく映っている。

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