Yangon (Myanmar)

2014年の年末に、ミャンマー(旧名ビルマ)の最大都市ヤンゴン(旧名ラングーン)を訪れた。

Yangon

アジア・プラザ・ホテル14階から眺めたヤンゴン市街地

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2015年1月2日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat

Turtuk

する人はとかく「最○端」が好きで、インドでも最南端のカンニャークマーリーは人気の観光地だ。僕も2001-02年には、初日の出をカンニャークマーリーで拝むという、非常にベタな旅をしたことがある。カンニャークマーリーは、逆三角形をしているインド亜大陸の、インド洋に突き出した頂点に当たり、岬になっているので、最南端という地理的な特徴が誰にでも分かりやすい。だが、インド亜大陸の最西端、最北端、最東端は地続きなので、特定するのは難しいし、それを気にする旅人もほとんどいないだろう。

 「インド亜大陸」を持ち出すと曖昧になってしまうが、インド共和国ということにすれば、地図や経緯度でもってそれらの「最○端」を導き出すことは可能だ。国境線の問題はあるのだが、現状の支配域を基準とするならば、最西端はグジャラート州のサー・クリーク辺り、最北端はジャンムー&カシュミール州のシアチン氷河辺り、最東端はアルナーチャル・プラデーシュ州のミャンマー国境辺りになるだろう。どれも非常にセンシティブな地域であり、外国人は普通には入域できない。

 そうなると外国人が行ける「最○端」はどこかということになるが、その内で最北端ははっきりしている。ジャンムー&カシュミール州シャヨク谷奥地にあるトゥルトゥクだ。

Turtuk

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2014年3月29日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat

Khimsar

で知ったのか覚えていないが、ラージャスターン州ジョードプルの近くに、「オアシス」と聞いて万人が思い浮かべるイメージをそのまま体現したようなリゾートがあることを前々から知っており、一度宿泊してみたいと思っていた。残念ながらインド在住時にはそれを実現させることが出来なかったが、2014年3月の訪印時にやっとその場所へ行くことが出来た。

Khimsar

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2014年3月10日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat

Keylong

く滞在した町というのは、どうしても深く記憶に残るものだ。バックパッカー用語では、居心地のいい町に長期に渡ってズルズルと留まってしまうことを「沈没」と呼ぶ。おそらく旅行作家の蔵前仁一氏辺りが広めた言葉であろう。ただ、僕はバックパッカー的な旅行をしていたものの、沈没は滅多にしたことがなかった。常に目的意識を持って旅行をしているため、旅行中、特に何もせずに1日が過ぎて行くのが我慢ならないタイプである。常に自分をトラベル・ハイ状態に置き、日中は最大限に動き回って、夜は宿で旅行記を書く、というのが、いつしか身に付いた旅行日課・旅行哲学であった。よって、旅行記に書くことがなくなる沈没などもってのほかであるし、リゾート逗留型のバカンス旅行なども大の苦手だ。

 そんな忙しい旅行者である僕が、旅先で最も長く一ヶ所に留まったのは、おそらくヒマーチャル・プラデーシュ州ケーロンである。マナーリー~レー・ロードの途上にあり、バーガー川を見下ろす切り立った山の中腹、標高3,000mほどの高さにある、人口2,000人ほどの小さな町だ。ヒマーチャル・プラデーシュ州最北部に位置し、ロータン峠(標高3,978m)、クンザム峠(標高4,590m)、バララチャ峠(標高4,890m)に囲まれた地域はラーハウル地方と呼ばれており、仏教とヒンドゥー教が混淆している他、言語もチベット語系の言語とヒンディー語が混ざり合っていて、興味深い。11月頃から5月頃まではこれらの峠が積雪で閉ざされるために外界から遮断されてしまうが、インド最高品質のジャガイモやグリーンピースを産出しており、僻地ながらも経済的には潤っている地域である。ケーロンは、そんなラーハウル地方の中心都市だ。

Keylong

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2014年2月25日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat

Mahansar

ェーカーワーティー。その名を聞いて何らかの反応を示すのは、インド旅行中級者以上であろう。ラージャスターン州の主要な観光地であるジャイプル、ウダイプル、ジョードプル、ジャイサルメールなどを制覇した者が次に向かうであろう場所。日本でのその知名度の低さとは裏腹に、アクセスは意外によく、デリーやジャイプルからほど近い位置にある。

 シェーカーワーティーは特定の町の名前ではなく、デリー、ジャイプル、ビーカーネールに挟まれた地域のことを指す。この地域には、ジュンジュヌー、ナワルガル、マンダーワーなど、いくつかの町がある。これらの町が共通して観光資源として持っているのが、美しい壁画を持つハヴェーリー(邸宅)群である。かつてこの地域を拠点にインド全土で巨万の富を築き上げた豪商たちの邸宅の内外の壁には、その富を誇示するように様々な意匠の壁画が描かれている。その理由から、シェーカーワーティーの特徴的な町並みは「オープンエアー・ギャラリー」の異名を持つ。また、シェーカーワーティー出身の商人家系の中からは、ビルラー、ゴーエンカー、バジャージ、ポッダール、モーディーなど、インドを代表する財閥企業が生まれた。

Nawalgarh

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2014年2月15日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat

Bharmaur/Bharmour

マーラヤ山脈の避暑地というと、ダージリン、シムラー、ナイニータール、マナーリー、マスーリーなどが思い浮かぶ。ヒマーチャル・プラデーシュ州西部、チャンバー峡谷の入り口に位置するダルハウジー(標高2,036m)も避暑地のひとつだが、上記の人気避暑地に比べたら幾分知名度の低い場所であろう。チャンドラ・ボース所縁の地のひとつであるダルハウジーは、酷暑期でも「ゴマを置く場所もない」ほど混雑はしない。そのダルハウジーからさらにチャンバー峡谷の奥へ入っていくと、今度はチャンバー(標高996m)に出る。チャンバーは、北インドで最も長く続いた王朝のひとつ、チャンバー王国の首都だった町だ。ラーヴィー河を見下ろす高台に位置しており、マイダーンと呼ばれる広場を中心に広がる美しい古都である。インドの山間の町には、西はヒマーチャル・プラデーシュ州から東はナガランド州まで、必ずと言っていいほど人工的に建造された平らな広場が存在する。これはやはり、山の民にとって平地がいかにステータスであったかを示しているのだろう。チャンバーは、傘をかぶった石造寺院が林立するラクシュミー・ナーラーヤン寺院や、ユーモラスな両面刺繍ハンカチで有名である。そのチャンバーからさらにラーヴィー河を65kmほど遡っていくと、チャンバー王国の初期の首都であるバルマウル(標高2,195m)に到着する。かつての首都とは言え、今では谷に突き出た山ひだのなだらかな斜面に乗っかった小さな村に過ぎない。

バルマウル遠景

バルマウル遠景

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2013年10月26日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat