Khimsar

で知ったのか覚えていないが、ラージャスターン州ジョードプルの近くに、「オアシス」と聞いて万人が思い浮かべるイメージをそのまま体現したようなリゾートがあることを前々から知っており、一度宿泊してみたいと思っていた。残念ながらインド在住時にはそれを実現させることが出来なかったが、2014年3月の訪印時にやっとその場所へ行くことが出来た。

Khimsar

 

 その場所は「Khimsar」と言う。ヒンディー語表記「खींवसर」や現地での発音から判断すると、カタカナ表記を「キーンウサル」とするのが一番原音に近いだろうが、あまりアルファベット表記とかけ離れたカタカナ表記にすると混乱を招くので、暫定的に「キームサル」としておく。キームサルの町は、ジョードプルからビーカーネール方面におよそ100km行った場所にある。ジョードプルのラートール王家の分家に当たり、ラーオ・カラムスィーによって創設されたカラムソート・ラートール家によって統治されていた地域で、現在の20代目ラージャー(王)、ガジェーンドラ・スィン・キームサルはインド人民党(BJP)の政治家として権勢を誇っている。彼はBJP政権時代(2003-08年、2013年-現在)にエネルギー大臣を務めており、この辺りの電力事情は僻地にも関わらずすこぶる良い。キームサルには巨大な太陽光発電所がある。

Karamsot

 キームサル自体は近年になって発展したようで、町の建物に特徴はなく、他のラージャスターン州の古い町と比べると魅力に乏しい。かつてはタール砂漠上の中継貿易地のひとつで、町の一角にバニヤー(商人)たちが多数住んでいたようだが、商売上の地の利がなくなったことで彼らはこの地を去った。キームサルにある王宮は1523年から建設が始まったもので、これがヘリテージ・ホテルとしてガジェーンドラ・スィン自身によって経営されている(参照)。このヘリテージ・ホテルの一環としてキームサル近郊に、天然の砂丘を上手にリゾートに改造したキームサル・サンド・デューン・ヴィレッジがある。ここが、長年僕が泊まってみたかった場所である。

Khimsar Sand Dune Village

 デリーからキームサルへ行く手っ取り早い手段は飛行機と自動車である。デリーのインディラー・ガーンディー国際空港からジョードプル空港までは1時間弱。そこからホテルのピックアップ・タクシーでキームサルへ向かうと1時間半ほど。キームサルからサンド・デューン・ヴィレッジまでは10分も掛からない。よって、デリーからたったの3時間で、別世界のオアシスに辿り着くことが出来る。

Camel Cart

 「ヴィレッジ」と言っても本当に村がある訳ではない。砂丘自体は天然のものだが、敷地の中央にある池は人工的に造られており、水が砂に染み込んでなくならないように地面はコンクリートで固められている。池の周囲には客室となる小屋が配置されている。建築や内装はラージャスターン州の農村のものを踏襲しているものの、モダンなアイデアと共に建造されており、リゾートとして全く妥協がない。砂漠の僻地にある宿泊地では常に水の問題が付きまとうが、ここでは地中に水道を埋め込んであるため、蛇口をひねると豊富に水が出て来る。電力については前述の通りで、エネルギー大臣を歴任するラージャーが経営しているためか、停電はほとんどない。非常に人工的な虚構の「ヴィレッジ」であるが、外国人旅行者がイメージする「リアル・インド」をうまく構築しており、他ではなかなか味わえないユニークな体験をすることが出来る。

No.9 Hut

 演出にも凝っていて、このサンド・デューン・ヴィレッジはわざと外界から砂の山で遮断されており、辿り着くにはジープを降りてラクダ車に乗って行くことになる。砂の山を削って造られた細い道をラクダ車に揺られて進むのだが、視界が開けた瞬間にオアシスの光景が一気に目に飛び込んで来るように設計されており、なかなか憎い演出だ。夜には砂丘がライトアップされており、それも普通ではあまり見られない幻想的な光景である。

Dune Village in the Night

 このサンド・デューン・ヴィレッジは、実はサルマーン・カーン主演のハリウッド映画「Marigold」(2007年)のロケ地になったことがある。我々は、サルマーン・カーンが宿泊したと言うNo.9の小屋に泊まった。スタッフの話では、このヴィレッジの中で一番いい部屋だと言う。2階建ての比較的モダンな建物の1階で、外観にはそれほど面白味がないが、内側の壁や天井には一面に鏡の小片が散りばめられており、豪華である。上階があるためか、部屋の中の気温は外気と比べて低く、酷暑期には特にそのありがたみが増すことだろう(ただし酷暑期から雨季にかけてサンド・デューン・ヴィレッジは閉業する)。バスルームにバスタブはないが、清潔で快適であるし、何より水の出が良い。

No.9 Hut Room

 人工の池の周囲には、くつろげる東屋があったり、ハンモックがあったり、サマーベッドが並べられていたりして、リゾートそのものだ。ただ、池の水は綺麗ではないので、プールのようには泳げないだろう。アヒルやカモが呑気に水遊びを楽しんでいる。この池は間違いなくヴィレッジの顔であり、青空や砂丘の光景を刻一刻と映し出している。

Sunrise

 サンド・デューン・ヴィレッジはオアシスの雰囲気を楽しむための場所で、僕も単純に、しばし美しく静かな環境でゆっくりできればと考えて宿泊した。しかし、子供を連れて来たことで、思わぬ発見があった。子供の目に砂丘は巨大な砂場に映るようで、3歳の長男はヴィレッジに到着するや否や興奮して走り出した。砂丘の上まで上り、そこから滑り降りたりまた這い上がったりして、飽きずにずっと遊んでいた。砂場で作る砂山には限りがあるが、何しろここは砂山自体が砂場の何百倍もの規模なのだ。親の都合で子供をインド中引きずり回してしまっていることに時々罪悪感を覚えるが、子供にこんなに喜んでもらえたのは嬉しい誤算であった。きっと、同じくらいの年齢の子供にはとてもいい場所なのではないかと思う。

Sand Dune Play

 食事も全く手抜かりがなかった。たまたまヴィレッジには我々しか宿泊していなかったのだが、朝食・夕食共に、まるで何十人も宿泊客がいるかのように、まるで我々のためだけにビュッフェを用意してくれたかのように、何種類もの料理を大量に作ってくれた。夕食にはマトン、フィッシュ、パニール、アールー、ミックス・ヴェジ、ダール、ハルワーなどなどが出た。どれもリッチな味で、1年間の日本生活の中で本場のインド料理に飢えていた我々の味覚を強烈に刺激した。

Dinner

 キームサル・フォートの方も一度宿泊するに値するヘリテージ・ホテルだ。中世から残る古い部分と、近年になって建てられたと思われる新しい部分が無計画に混在している感じで、建築的な魅力には欠けるが、施設、サービス、ホスピタリティーは一流である。部屋の内装もとても上品にまとまっている。ここのスタッフは、代々王家に仕えて来た家来の末裔で、絶対的な忠誠心と奉仕精神で働いていると言う。

Khimsar Fort

 夜にはラージャスターン州のフォークソング&フォークダンスのパフォーマンスや人形劇などもあり、典型的なラージャスターンの夜を楽しむことが出来る。下の写真はカールベーリヤー・ダンスで、床に落ちているコインをブリッジしながら目で拾い上げるという曲芸を行っている。

Kalveriya

 夕食の会場として使われている「廃墟(Ruin)」は、ホテルのコンプレックスの中では一際目立つ存在だ。何しろ未完成のまま放置されているのだ。壁は黒ずんでおり、ほったらかしにされた遺跡のようになっている。他の建物はきれいに整備されているのに、この一角だけはコウモリの小便が匂って来そうな雰囲気になっている。なぜなのか?正式にはこの建物はファテー・マハルと言うようだ。かつてキームサルにはファテー・ピール・バーバーという聖者が住んでおり、王家に祝福を与えていた。このファテー・マハルは、聖者の家として建設が始まったが、途中で聖者は死んでしまい、彼の墓はこの建物の隣に建てられ、葬られた。その後、ファテー・マハルの建設を再開しようとしたところ、当時の王が死去するという事件があり、これが聖者の呪いだと考えられた。よって、ファテー・マハルの建設は中止され、そのままの姿で残されることになったと言う。そういう歴史を知ると、この古ぼけた建物が違って見えて来る。こういう演出を見ても、ガジェーンドラ・スィンの類稀なセンスを感じる。

Ruin

 キームサルは、同じ経営ながらフォートとヴィレッジと言う全く異なる環境に宿泊することが出来るようになっており、数泊の予定で滞在するのにはちょうどいい場所だ。我々は他に観光をしなかったが、ナーガウルやオースィヤーンなど、近隣にはいくつか観光資源のある町もあり、もしジョードプル空港を経由するならば、当然のことながらメヘラーンガル、ウンメード・バヴァン、マンドールなど、ジョードプル観光の選択肢もある。飛行機とタクシーを使えばデリーから3時間ほど。そんなに遠くはない。

No.225

 ちなみに、キームサルのマーケットをブラブラ散歩していたら、ターバン屋があった。ターバンはヒンディー語でパグリーまたはサーファーと言う。だからサーファー・ショップだ。急にターバンが欲しくなったので購入してみた。5色のターバンで500ルピーであった。ターバンをかぶる前は、町の人々から「何だこいつは?」という視線で見られていたが、ターバンをかぶった途端、急にみんなフレンドリーになって微笑みかけてくれるようになった。日本ではおそらく逆であろう…。

With Turban

 今更言うまでもないのことだが、ラージャスターン州ではカラフルなターバンをかぶっている人が多い。それを見ていると自分もカラフルなターバンをかぶりたくなって来る。サーファー・ショップでは頭のサイズに合わせて「オーダーメイド」してくれる。毎回巻いている訳ではなく、一度巻いたものをそのまま外して使っているようである。粋なターバンの巻き方を研究したいものである。

Safa

 また、キームサルの街角では面白いものを見つけた。イーロージーというセックス・ゴッドの像である。ラージャスターン州西部で特に厚く信仰されているグラーム・デーヴター(村神)で、男性にとっては精力の神様、女性にとっては子宝の神様として知られている。ホーリー祭の日にプージャー(祭祀)が行われる他、結婚した花嫁は花婿よりもまず先にイーロージーの像に抱きつき、健康な子供を授かることを祈願すると言う。

Iloji

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2014年3月10日 | カテゴリー : 旅誌 | 投稿者 : arukakat